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クラスの人気者女子にクレーンゲームの景品を取ったら、やけに距離が近くなった  作者: 宮野ひの


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第27話 素直

「……うん、それでいいじゃん」


 名前で呼んだら、なんだか嬉しそう。


「いいの?」

「だって仕方ないしね。うん。これからひかるって呼んでよ」


 私はごくりと唾を飲む。


「……ひかる」

「な、何?」

「ひかるひかるひかるひかるひかる……」

「わー! 言い過ぎ! 言い過ぎ!」


 谷田貝さんが両手を前に出した。


「……でも、なんかしっくりこないや。やっぱり、谷田貝さんって呼んでいい?」

「へっ?」


 彼女は目を丸くした。まるで鳩が豆鉄砲を食ったようだった。


「なんですかそれは! 普通、ひかるって呼ぶところでしょう!」


 松園さんは腹を抱えて笑っていた。

 どうやら私たちの成り行きを見守っていたようだ。


 ……確かに、名字呼びをやめて、下の名前で呼ぶ流れだったかもしれない。


 だけど、正直、腑に落ちなかった。


 谷田貝さんは谷田貝さんだから。


 海里ちゃんが現れてもなお、私の口は谷田貝さんと呼ぶことを求めていた。


「芽流ちゃんは、フラグクラッシャーですね! 生きるの不器用すぎます!」


 松園さんが楽しそうに私を煽る。

 ぐうの音も出なかった。


「……ぷっ。ふふふっ」


 谷田貝さんも愉快そうに笑っていた。

 口元に手を当てて、気品が溢れていた。


「本当に浜松って面白い! 普通こんなことする子いないわよ! ほんと予想もつかないことするわね。目が離せないっての!」


 狙ってしたわけじゃない。なのに、彼女はなぜか可笑しそうに目を細めた。


 これは良いことじゃない気がするのに、谷田貝さんに笑ってもらえたら、なんでもチャラになりそうな気がした。


「この前、告白してきた男子なんてね」


 谷田貝さんがポツリと言う。


「最初から"谷田貝っち"呼びだったなぁ。だから浜松は距離があるわねー」

「お嬢様って、やっぱりおモテになられるんですねー」


 松園さんが茶々を入れる。


「当たり前よ! 私を誰だと思ってるのよっ!」


 仁王立ちをして、軽く顎をそらす。ツインテールも優しく揺れた。


 そうなんだ。他の子たちがみんな、谷田貝さんの下の名前や、あだ名で呼ぶのなら、私はせめて名字呼びを続けたい。


 これは意地というやつだろうか。


 谷田貝さんがモテるのなんて周知の事実。


 だけどちょっとだけ嫌な気持ちになる。変なの。前はこんなこと起こらなかったはずなのに。


「じゃあ、遅くなっちゃったけど、早速、大本命のクレーンゲームの練習を始めましょ!」


 谷田貝さんがくるりと私に顔を向けた。


「もちろんピンポン玉をたこ焼き器に入れるやつのね! パパが昔、卓球部で、家に溢れるほどのピンポン玉があるの♪」


 彼女はラケットを持つ真似をして、一度素振りをした。


「そうそう。忘れてましたけど、お嬢様が言っていたたこ焼き器も、ちゃんと用意しておきましたよー」

「松園、ありがとう! これで浜松の苦手分野を、思う存分特訓できるわよね。どう? ありがたいでしょ?」

「ものすごく」


 クレーンゲームの中でも、たこ焼き台は特に運の要素が大きい。だから、技術で攻略するのは難しかった。


 それでも、ゆっくり練習できる環境を作ってくれた谷田貝さんには、感謝してもしきれない思いだった。


「へぇ。浜松、素直じゃん♪」


 返事はしなかった。


 早速、松園さんと一緒に、たこ焼き器を箱から出した。プレートは真新しくてピカピカしている。


 まさか、この機械も、たこ焼きを作るためじゃなくて、アームでピンポン玉を入れる練習に使われるとは思っていないだろう。


「ふっ」

「どうしたの?」

「……別に」


 笑いだって込み上げてくる。


 この恵まれた環境に感謝しつつ、私はたこ焼きクレーンゲームの練習に取り掛かった。



◇



 目をつぶっても眠れそうになかった。スマホを見ると、時刻は3時。丑三つ時も、とっくに過ぎた頃だ。


 また、今日あった出来事を振り返る。

 体を横にすると、ベッドのスプリングが柔らかく軋んだ。


 あれからずっと、私たち三人はたこ焼き台のクレーンゲームをプレイしていた。


 やっぱり運要素が強いからか、狙った穴には、そう簡単に入らなかった。

 私たちを弄ぶように、ピンポン玉は当たり横の隣に落ちたり、いくつも重なって、そのまま動かなくなったりした。


 悔しくて挫けそうになった時も、二人が応援してくれたおかげで、もう一度頑張ろうと思えた。


 最後には、私たちが谷田貝さんの部屋で盛り上がっていたからか、海里ちゃんもいそいそと戻ってきた。


『……"お姉ちゃん"って、クレーンゲーム得意なんでしょ?』


 彼女は上目遣いで私にそう言った。


 きっと、谷田貝さんが私の話をしていてくれたのかな。

 ……気恥ずかしいけど嬉しかった。


 最終的には、4人でクレーンゲームで遊ぶことになっていた。


 「もうちょっとー」と明るく鼓舞してくれる谷田貝さん。ピンポン玉を床にぶちまけて、おどけて見せる松園さん。祈るように手を組み、見守ってくれる海里ちゃん。


 ……あれ、楽しい。


 これも一人でゲーセンにいた頃には、わからなかった気持ちだ。


 おかげで変に興奮してしまい、いつまで経っても眠気がやって来なかった。


 谷田貝さんと関わるようになってから、私は最近少しおかしい。


 自分が自分じゃなくなる気がする。


 そのままベッドから起き上がり、スマホを手に取った。明かりもつけた。眩しい。

 写真のアプリをタップして、今日撮った一枚の写真を表示させた。


 それは、たこ焼き器に収まったピンポン玉の写真だった。


 あまりにも嬉しくて柄にもなく、シャッターを切っていた。全然写真映えはしないけど!私にとって宝物の一枚だった。


「……」


 その写真の片隅には、谷田貝さんもしっかり映り込んでいた。

 ピースサインをして笑っている。


 ……。


 ピンポン玉より食い入るように見つめてしまっている私がいた。一つため息をつく。


 スマホを枕元に置き、再び眠る態勢に入った。心臓がいつもより速くなっているのを、私は気づかないふりをした。

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