第24話 一種のプレイ
……今日の谷田貝さん、なんか変じゃない?
そう思っても口にはしない。この雰囲気が壊れてしまいそうな気がするから。
いつも明るく元気な彼女が見せる、しおらしい姿は、目が離せない魅力があった。
谷田貝さんの部屋の前につく。彼女がドアを開けたら、中は真っ暗だった。
「えっ……」
「いいから入って」
ぐいぐい手を引っ張られた。前のめりになる。
どうやらカーテンが全部閉められているらしい。
二人して暗闇の中に立ち尽くした。
手は握られたままだった。暑い。
「……」
「……」
「って、なんで無言?」
「し、仕方ないでしょ!」
心臓の音が、谷田貝さんに聞こえてしまうかのようだった。
私は何か期待しているのだろうか。
こんな暗い部屋に二人きり。いや、まさか。そんな。
ありえないよ。
だけど、不思議だ。一度、考えたことって、本当に起こるような気さえする。
そう思い込んでしまうほど、私は緊張でおかしくなっていた。
「……浜松、驚かないでね」
「……うん」
「あのね。あたし、実は……」
「……」
この流れ、知ってる。フィクションの中でだけど。
……想いを伝える告白だ。
なんで? どうして?
そんなはずないと思っていても、ときめきを感じずにはいられなかった。
息を呑む。
「……これ。買っちゃったの!!」
「へっ?」
谷田貝さんがパチっと電気をつけると、目の前には、大きな台があった。
えっ。これって、もしかして。
「……クレーンゲームの機械?」
「うんっ! うちでも練習したくてね。えへへっ。とうとう買っちゃったの」
ゲームセンターで幾度となく見たクレーンゲームの台だった。
新品のプラスチック特有の匂いが鼻をついた。
「……さすがお金持ち」
「ふふっ」
「羨ましい」
「ふふふふーーん!!」
谷田貝さんは、目を細めて笑った。
……告白されるなんて思っていた自分が馬鹿みたいだった。
「——告白されると思った?」
彼女は超能力者なのだろうか。心を読まれているようで、思わず身構えた。
「……なんか、今振り返るとさ、浜松に意味深に伝えちゃったしっ!」
いつも通りの調子で、揶揄うように言った。
少しだけ面白くなかった。
「……別に。女同士でありえないでしょ」
あっ。
それは呪いのような言葉だった。空気が凍る。
本当にそんなこと思ってない。けど、自然に口をついて出た。
きっと、心の奥底の方で、そう思っていたのかもしれない。
いや、茶化されたから、少しの反抗で、口に出しただけだ。
……。
こんなふうに、自問自答するくらいだから、つまり私は今の発言を後悔していた。
「そっか」
谷田貝さんは私に背中を向けた。
それからクレーンゲームの台を悲しそうに見つめた。
彼女の華奢な背中が、ますます小さく見えた。
「ごめん」
静かな部屋に私の声だけが響く。
「——訂正。ありえなくは……なくはないかもしれない」
自分でも何を言っているのかわからなくなった。
だけど、私はそのまま流すことができなかった。
明確に否定をしたくなったのだ。
「……ふぅん。そう」
谷田貝さんはゆっくりと振り返る。
口角が上がっていたような気がした。
「……それでなんだけど、浜松」
「何?」
「あたしに"これ"で、クレーンゲームのコツを教えてくれない?」
谷田貝さんが私を家に呼んだ理由。
ゲームセンターに行かなくても、"これ"で、本番同様に技を磨くことができるからだ。
「——もちろん」
気持ちが熱くなる。
今、私たちの間には気まずい空気はなかった。
例えるなら、友情に近い透明なさらりとしたものが流れていった。
谷田貝さんの気持ちに応えたい。
私は慎重に彼女に近づいた。
◇
「ひゃん。んっ。浜松ダメぇ……」
「谷田貝さん……」
「……あっ。ふぅ。もうちょっと、優しくしてぇ……」
「……」
外では聞かせられない、ピンク色の声が部屋に響く。
谷田貝さんは気持ちよさそうに、身をよじっていた。
艶っぽい声が、いけないことをしている証明になる。
私は、そっと手に力を込めた。
「やっ。また下がってくるんでしょ。もう、無理……」
「……」
「はままつ、一旦、きゅーけー、したい……」
彼女は額に輝く汗を拭う。
ガラス越しの谷田貝さんは、彫刻品のように美しかった。
私も暑くなってしまい、エアコンの温度を勝手に下げた。
——そう。私は谷田貝さんを景品に見立てて、クレーンゲームで遊んでいた。
自分でも、何言っているかわからない。だけど、事実なんだからしょうがない。
——先ほど、彼女はこう言った。
しばらく、ぬいぐるみを取る練習をした後だった。
『ねぇ。浜松。あたしがクレーンゲームの中に入るから、アームで動かして、ちょっと掴んでみてよ♪』
ねぇ、正気?
と、すぐに聞きたかった。
でも、谷田貝さんの瞳がキラキラ輝いていて、大真面目で言っていることがわかったから、何も言えなかった。
それに"バイト"をしている手前、私に拒否権なんてなかった。
危ないよとだけ、断りを入れる。平気と、軽くあしらわれた。
好奇心だけが先走っている。
制服姿の谷田貝さんが、クレーンゲームの機械に入って寝転ぶ。
彼女そのものが景品になった瞬間だった。
躊躇う気持ちを押し殺して、ボタンを押して、アームを落下させた。
到底持ち上げることなんてできない。当たり前だ。谷田貝さんはぬいぐるみじゃなくて、女の子なんだから。
アームの爪先が、彼女をかすめる度に、耳を塞ぎたくなるような声が響いた。
あっ。とか、んっ。とか。
……。
それは、一種のプレイのようだった。




