第23話 あたしの部屋に来てほしいの
◇
自分の部屋に置いてある本棚を、対角線上に移動した。ガタガタと細い音が鳴る。
少し移動しただけなのに、額には汗が浮き出ていた。きっと運動不足が原因だ。
——谷田貝家でクレーンゲームをして、あとちょっとのところで取れなかった。
谷田貝さんと松園さんのおかげで、落ち込んだ気持ちが回復した。
だけど夜になると、また物足りなさが込み上げてきた。
じっとしていると、悶々としてしまいそうだったから、部屋の模様替えに精を出しているわけだ。
思いつきでしたことだったけど、いい気晴らしになっていた。
そのまま机も動かしてみる。気分はクレーンゲームのアームだ。
今もどこかで、誰かが百円を入れて、景品を取ろうと躍起になっていることだろう。
私がクレーンゲームを好きになってから、何度も練習を重ね、自分なりに腕を磨いてきたつもりだった。
景品だって最初は取れなくても、お金を注ぎ込んだり、粘ったりしていたら、いずれかは絶対取れる。
……今日、たこ焼き台で失敗したことは良い経験になった。
運が絡んだ要素は、本当に祈るだけしかできないから、もどかしい。
——ピコン。
その時、スマホに通知が届いた。画面を見てみると——松園さんからのライムだった。
実は今日、彼女とも流れで連絡先を交換することになったのだ。
『あれから私もクレーンゲームのアプリを入れてみましたー!
今日取ろうとしてたのって、この熊の時計ですよね?
実はさっきゲットできましたぁー』
写真も追加で送られてきた。
熊の時計の横に『GET』『おめでとう!』の文字が表示されていた。
えっ。松園さんが!?
す、すごい……。
——ピコン。
『クレーンゲームって全然したことないけど、結構簡単なんですね!
なんだかハマりそうかもです!』
絵文字が満載の文章だった。
私のなけなしのプライドはズタズタだった。
ハンカチを奥歯で噛み締めたくなった。
「……とりあえず」
『おめでとうございます』
と、返信しておく。
——模様替えはここまでにしておこう。
やる気がなくなってしまった。
私はベッドの淵に座ると、そのまま動画アプリを開いた。
クレーンゲームが得意な、"トレタヨさん"の動画を見るためだった。
「……今日も新しい動画がアップされてる」
アニメの美少女フィギュアを橋渡しで取る動画だった。
思わず見入ってしまう。
『焦らず、少しずつ横にズラして取ることが重要だよ〜』
今日も今日とて、上手な景品の取り方を教えてくれる。
高い声だから、トレタヨさんはきっと女性だろう。
「……そうだよね。何事も焦らないことが大切だよね」
人生の先輩に学ぶ。
上手くなりたいものがあれば、自分のペースでコツコツと取り組むことが大切だ。続けることで、いずれ成果も出る。
トレタヨさんも動画を継続して投稿してくれていたから、私としてもありがたかった。
机の前にあった椅子に座り、ノートを開いてメモを取る。
トレタヨさんが言う、大事なポイントを叩き込むために。
こういう細かいことが、自分の身になることを、私は知っていた。
学校の勉強にも、これくらい熱を注げればいいのに。そう思わなくもない。でも、やめられない。
結局、好きだからこそ、続けられるというやつなのかもしれない。
私は一つあくびをした後、ペンを強く握り直した。
◇
——谷田貝さんの家にお邪魔してからはや1週間。
その間、"バイト"はなかった。まぁ、そういうこともあるだろう。
私はその都度、ゲーセンに行ったりしたけど、彼女の姿を見ることはなかった。寂しくなんかはなかった。
今日も放課後がきて、昇降口に向かった時だった。
「ねぇ。浜松」
呼び止められて振り返ると、ツインテール姿の谷田貝さんがいた。
息が荒いから、もしかして走ってきたのかもしれない。
「何?」
「今日、家に来てくれない?」
唐突だった。思わず肩が跳ねた。
「……バイト?」
「うん、そう」
「なら、ゲーセンに行ったほうがいいんじゃないの」
「そういうわけにもいかないの!」
語気が荒い。彼女は唇を固く結んでいた。
「……わかった。行くよ」
「……うん」
そこから道中は会話がなかった。
いつもだったら谷田貝さんが学校や美容のこと、そしてクレーンゲームのことを楽しそうに話してくれるはずだった。
目だって、あまり合わない。
……何かがおかしい。
赤信号で足を取られた時、胸のざわつきが増した。
彼女の豪邸につくまで、長い時間がかかったように思えた。
谷田貝さんの家の庭の木々は、さっぱりしていた。
専門の庭師がハサミを入れてるのかな、なんて全然関係ないことが頭に浮かぶ。
玄関には、相変わらず猫型ロボットのフィギュアが鎮座していた。
家の人になんか言われたりしないのかな。
いや、言われないから、そのまま置いているのかも。
「……あれ。今日、松園さんは?」
「いない。落語の講演会に行ってる」
「そ、そうなんだ」
松園さんって自由だな。仮にも谷田貝家のお手伝いさんだというのに。
厳しい規則がない証拠なのかもしれない。
「……ねぇ。浜松、あたしの部屋に来てほしいの」
「えっ」
「……行こう」
谷田貝さんは、私の手を軽やかに取った。あまりにも不意打ちだったから、胸がトクンと高鳴った。
人との接触に慣れていない私は、腰から力が抜けそうになった。それでもぐっと堪える。




