第20話 浜松だって、あたしと二人きりの方がいいよね!?
——コンコン。ガチャ。
返事をする前にドアが開けられた。
「お嬢様。お茶を持ってきましたよー!」
えっ。何?
目の前には、白いブラウスにエプロン姿の女性がいた。
髪をひとつ結びにして、眼鏡をかけている。
「……ありゃー。お邪魔だったようですねー」
おぼんに乗せたコップを抱え、仁王立ちになって私たちを見ていた。
「ま、松園ー! 急に入ってこないでよー」
松園?
「ノックはしましたよ? お嬢様」
「ゼロコンマで開けたら、意味ないでしょー。ったく、おてんばなんだから。もうー!」
谷田貝さんは、さりげなく私から離れる。
そして眼鏡の女性に向かって、指さして怒った。
「……誰?」
「あたしの家のお手伝いさん! 松園!」
「はーい。松園信子でーす。お嬢様に仕えて早2年。今日、誕生日を迎えたぴちぴちの二十一歳! はい。お二人とも梅昆布茶どうぞー」
"松園さん"はお盆に乗ったコップをウォールナットのテーブルに置いた。
はずみで少し中身が溢れた。
「お誕生日おめでとう……ございます」
「あっ。気ぃ使わないで! でも、さんきゅー。キミはお嬢様のお友達?」
「はい……」
——私たちは流れから簡単な自己紹介をした。
谷田貝さんの家には複数人のお手伝いさんがいるらしい。
松園さんは、高校卒業後、縁あってここで住み込みで働いているそう。
真面目で知的そうな見た目なのに、気さくすぎる性格をしているところに、ギャップを感じた。
「お嬢様がお屋敷にお友達を連れてくるのは初めてですよー! もしかして、学校ではぼっちなんじゃないかって心配してましたよー」
「松園、余計なことを……」
えっ。そうなの?
意外だった。
谷田貝さんは人気者だから、大きな家には友達をたくさん招いているのだと思っていた。
人は見かけによらないなぁ。
梅昆布茶を一口啜ると、しょっぱかった。
「……学校は学校。家は家って分けてたいんだよね。あたし。それに、あたしの家って豪邸でしょ? 行きたーいって欲まみれで言われるって、あんまり面白くないんだよね」
谷田貝さんの表情が曇った。
「そういうものなんだ」
「その点、浜松は欲とかなさそうだし。それにキャラそのものが面白いし。家に呼んでもいいなって思ったの」
——谷田貝さんは誤解をしている。私だって普通に欲がある。
そもそも欲がなければ、クレーンゲームで景品を取ったりなんかしない。
……きっと彼女にそう言ったら、それとこれとは別とか言われてしまうかもしれない。
多分、谷田貝さんは、"谷田貝さんそのもの"に向けられる欲に弱いんだろう。
私は誰かに強く求められたことがないから経験としてはわからないけど……。
きっと人気者には、人気者なりの苦労があるんだ。
「お嬢様って、気難しい人ですよねー」
松園さんが床にあぐらをかいて座った。どうやら居座る気のようだ。
履いているスカートが長く、足そのものをすっぽりと隠していた。
「えー。あたしくらい絡みやすい人っていないと思うんだけどー?」
「それはそうなんですけど。わがままだし。人を選ぶし、衝動的だし。おまけにアホっ子だし」
「……松園なんて嫌い!」
谷田貝さんはソファーに顔を埋めた。おいおい泣いている。
松園さんってはっきり言うタイプだなぁ。
だから谷田貝さんともうまくやれているのかもしれないけど。
「——んで、芽流ちゃんは、どんな子なのかなー」
松園さんは、躊躇せず私の下の名前を呼んだ。
ぎらりと光る目がうすら怖かった。
性格のことを言っているのだろう。
「……自分じゃわからないです」
「そりゃそうだ」
松園さんは一人でうんうんと頷いている。
な、なんだこの人。
「ねぇ。浜松はね! あたしと一緒にスマホでできるクレーンゲームをするのっ」
少し前まで忘れていたけどね。
「へぇ。面白そうですね」
「だから、あっち行っててよ」
「そんなこと言われると、この部屋から一歩も動きたくなくなっちゃいますよー」
「ムキー」
谷田貝さんはギリギリと歯を食いしばった。
ムキーって本当に言う人初めて見たよ。
「浜松だって、あたしと二人きりの方がいいよね!?」
えっ。
「そうなんですか!?」
松園さんまで。
二人の顔が間近に迫った。
……なんだかおかしなことになった。
「……さ、3人で遊ぼうか」
「やったー!!!」
「ぶー」
谷田貝さんだけが頬を膨らませた。
なんだか、いじけているみたいだ。
松園さんを除け者にすることができなかった。一人ぼっちの気持ちはわかるから。
彼女もピースをして喜んでいる。
私は残りの梅昆布茶を一気に飲んだ。塩辛いのが逆に良いアクセントになっていた。




