第18話 隣
「——っ」
ガタタと音がする。谷田貝さんがプリクラ機に背中をつけた音だった。
まさか、私の口からそんな、大好きなんて言葉を聞けるとは思っていなかったのか、目を大きく見開いている。
少しいい気味だと思った。
「は……。確かに、浜松が言うとやばいかもね。マジで言っているように聞こえるもん」
彼女は前髪をさっと触った。
「マジ……なんだけど」
「そ、そんな。……からかうのやめてよっ!」
手でお腹をぐっと押された。
谷田貝さんは空いた手で、パタパタ顔を仰いでいる。
陽キャが「大好き」って言うと軽く聞こえることもある。でも、陰キャが「大好き」と言うと、途端に本気に聞こえる。私は今日、それを知った。
『落書きタイムしゅうりょ〜★ 転送したい画像をQRコードで読み取ってねっ』
そうこうしていたら、プリクラの画面が切り替わった。
何々。
どうやら撮った画像を、スマホで保存できるらしい。1人1枚まで選べるみたいだった。
谷田貝さんは咳払いをする。
「……浜松、どれ選ぶ?」
「えっと。私は……このピースサインのにしようかな」
それは、谷田貝さんの"ごめんね"の落書き付きのプリクラだった。
「……りょーかい。あたしはこれ」
彼女が静かに画面を指差す。
「……キスのやつじゃん」
ほっぺにチュー。
何度見ても気恥ずかしい。
谷田貝さんが笑う。
「いいでしょ。待ち受けにしよっかな」
「やめて」
彼女は嬉しそうに、QRコードを読み込んでいる。
「浜松が保存したプリクラはさ、後であたしに送ってよ」
「どうやって?」
「あっ。そっか。浜松ライムやってないんだもんね。……てか、この機会に始めてよ!」
谷田貝さんが目をバッテンにして叫ぶ。
「……別にいいけど」
「えっ。本当!?」
「意地になってやらないのも、良くないかと思って」
「やったぁ。話がわかるじゃんっ」
彼女は鼻歌をうたう。
「……あっ。でも、どうせプリクラ撮るなら、この猫型ロボットも一緒に撮れば良かったわねー」
谷田貝さんが、フィギュアの箱を指でつついた。
「そんな出す時間なかったでしょ……」
「パパッと出して、片付けるつーの!」
もういつも通りの谷田貝さんだった。
頬にキスしたことなんて、きっとお互いもう忘れている。
"今日のバイト"が終わるのは、あっという間だった。こんなに楽しくていいのかな。
労働はもっと辛くて、時間が進むのは遅いものだ。
谷田貝さんと一緒にいると、時間が過ぎるのが本当に早い。名残惜しいほど、すぐに夜になる。
私ははしゃぐ彼女の横顔をただじっと見つめていた。
◇
ベッドの上に、ゴロンと寝転がる。私の身体がゆっくりと沈んでいく。
今日も無事に一日が終わった。
右手に持った一枚のシートに、もう一度目を落とす。
今日はお札じゃない。
そう。谷田貝さんと撮ったプリクラだった。
仕様なのか目が大きかった。だけど、私の表情はいつもよりも明るく見えた。
「……」
谷田貝さんが私の頬にキスをしている。プリクラがやけに眩しい。
……これどうしよう。
一旦、ベッドに顔を伏せてから、もう一度見た。
う、うーん。
シートを裏面にして枕の近くに置いた。
「……大好き」
そんな言葉を口にしてみる。言い慣れていないから、こそばゆい気持ちになった。
今日、谷田貝さんは私のことを大好きと言った。聞き逃さなかった。
だけど、軽さを含んでいるのも事実で。
きっと、石井さんや他の友達にも言っているんだろうなとまで考えてしまうと、自分、踏み込み過ぎていないかな?と、不思議と冷静になる。
「…………大好き、大好き、大好き、大好き大好き大好き」
連続で言葉にすると、何を言っているのかわからなくなった。ゲシュタルト崩壊だ。
「はぁ……」
疲れてしまった。ベッドに両手両足をだらんと預ける。
まるで今日は、普通の女子高生みたいな放課後を過ごした。
プリクラなんて初めて撮った。ライトが明るくて、谷田貝さんとの距離も近くて——。
ふと思い立って、髪を耳にかけてみた。
それからピアスに触れた。
谷田貝さんは、耳を出している私が好きらしい。多分。
それなら今度のバイトの時は、おかっぱ頭をやめてみようかな。
何故、そんなことを思ったのかはわからない。
気まぐれと言えばそうかもしれない。
だけど一つだけ言えるのは、谷田貝さんが関わっているからということだ。
自然と眠気がやってきた。今日はぐっすりと眠りにつくことができた。
◇
次のバイトは二日後だった。場所はゲーセンではなく——谷田貝さんの家に来ていた。
何故こんなことになっているのかと言うと、Wi-Fiが必要になったからだ。
谷田貝さんは、スマホでできるクレーンゲームの存在を知った。
今の時代、わざわざゲーセンに行かなくても、アプリをダウンロードすると、家でもクレーンゲームができてしまう。画期的だ。
私も存在は知っていたけど、手付かずのままだった。
スマホを操作するなら、Wi-Fiがある場所がいいからと、話の流れから谷田貝家に行くことになった。
……。
高い塀に囲まれた大きな一軒家を見た時、自然と背筋が伸びた。
白い門扉の向こうに、手入れの行き届いた庭が広がっていて、玄関まで石畳のアプローチが続いていた。
玄関のドアをくぐると——オシャレな絵に混じって、猫型ロボットのフィギュアが置いてあった。あまりのミスマッチに、吹き出してしまうところだった。
「約束通り、飾ったの!」
谷田貝さんはふんぞり返って、得意げに言った。
そういえば、フィギュアは玄関に飾ると強く主張していた。
猫型ロボットは、ご丁寧にフカフカしている小さな座布団の上に飾られていた。
そのままリビングに通されるのかと思ったら、奥の部屋へと案内された。
「どうぞっ」
谷田貝さんについていくと、なんと彼女は私を自室へと招いてくれた。
部屋は、とても広かった。だけど生活感がない。
まるでホテルの一室のようだった。洗練された物は、どれも高価そうで手を伸ばしにくい。
「あっ」
だけど、ベッドの上に置いてあった、とさかちゃんを見つけた時、安堵した。
非日常の中にある見知った顔。ぬいぐるみは、ちゃんと2種類、横たわるように置いてあった。それにかっぱのぬいぐるみも。
「あれから毎晩、抱いて寝てるの♪」
「……両手にとさかちゃんだね」
「ふふっ。そーかも。あっ。浜松は、そのソファーに座って」
白い革張りのソファーに、お言葉に甘えて座る。
思ったよりも柔らかくて、バランスを崩しそうになった。
「よっと」
「……隣に座るんだ」
「別にいいじゃん。このソファー大きいからねっ」
谷田貝さんは私の真横に腰掛けた。わずかな隙間を挟んで彼女がいる。
正直、近い。




