第17話 ねぇ。試しにさ、あたしに大好きって言ってみてよ
もしかして、これカップル向けのプリクラ機だったんじゃないかな?
これまで指示通り、すべてのポーズを谷田貝さんと真似してきた。
だけど、このキスはさすがに……しないよね。
ちらっと彼女を見ると、バチっと目が合った。
「……ねぇ、浜松。少しかがんでよ」
えっ。
谷田貝さんは私よりも背が低い。睨むような瞳だった。
「ほら、早く」
時間はもうなかった。
私は情けないことに動けなかった。
谷田貝さんは、私の肩に手をかけると、軽く力を入れた。
ストンと下がる。ふにゃふにゃだった。
気持ちを整理する時間も与えてくれない。
『5・4・3 ♪』
ナレーターが、すかさずカウントダウンを始めた。
そんな。
——谷田貝さんと、もうキスは一切しないように、気を引き締めていたのに。
彼女の顔がゆっくりと近づいた。
谷田貝さんは、まるでドラマのヒロインみたいだった。
艶やかな唇を見ていると、さっき念入りにリップを塗っていたことまで思い出してしまう。そんなこと考えている場合じゃないのに。
甘い香りに頭がくらくらした。
谷田貝さんとの距離はほとんどなかった。
あっ。や、やばい。
——ちゅっ。
彼女は私の頬にキスをした。
プリクラのシャッター音が響いた。その直後、谷田貝さんはふわりと身体を離した。
まるで夢の中にいるような感覚だった。
頬に触れた柔らかな感触を意識したのは、数秒経ってからだった。
『お疲れ様でしたー。これで撮影は終了だよー♪ 落書きブースに移動してねっ』
「はーいっ!」
谷田貝さんは軽やかに移動しようとした。私は思わず肩を掴んだ。
「何?」
「……今、何したの?」
「何って、キスだけど?」
「それはそうなんだけど……」
バッドコミュニケーション。
私が聞きたいのは、そんなことじゃない。
「……一昨日、浜松はあたしのおでこにチューしたじゃん♪」
ぐうの音も出なかった。
「だから、おあいこだよ」
「それもそっか……」
妙に納得させられた。
そもそも私が先に谷田貝さんにキスをしたから、こんなことになったのかも。
でも、だけど——。
「プリクラの転送早いねー」
落書きブースに移動して、写真にデコレーションをする。
谷田貝さんは慣れた手つきで、ペンを走らせていた。
私は勝手がわからず止まったまま。
ちらりと彼女を見た。
「うわっ」
谷田貝さんが、私の頬にキスしている写真が大きく画面に表示されていた。
彼女の顔は隠れていたけど、私の顔はガッツリ出ていた。目を閉じて、唇を引き結んでいる。
俯瞰した形で、自分たちの姿を見せつけられると、さすがの私も恥ずかしくならずにはいられなかった。
「うりゃりゃりゃ」
しかし、谷田貝さんは気にしている素ぶりはない。むしろ楽しそうに何かを書いていた。
「えっ」
そこには、『大好き』と書かれていた。赤いラメ入りのペンで。
ハートマークのスタンプ付きだ。
「こんなもんかなー。次はどの画像に落書きしようかなー?」
「……その、大好きっていうのは……何なの?」
「へっ?」
谷田貝さんは固まる。恐るおそる私の顔を見た。
「……やばっ。無意識だった!」
「……」
てへっと言いそうな、甘い声。……してやられた感があった。
きっと、石井さんとかとプリクラを撮る時にも、大好きって書いたりすることがあるのだろう。うん。きっと深い意味はないはずだ。
「……あっ! でも、浜松のこと大好きなのは本当だよ」
……きっと深い意味はないはずだ。
「んー。なんかムッとしてる?」
谷田貝さんが口元に手を当てて、揶揄うように声をかける。
「……別に」
ペンを取ると、彼女と同じように落書きをしようとした。
だけど、何も書く気にはなれなかった。
いろいろツールをいじってみる。メイクモードというのがあって、押すと、別人級に可愛くなれた。急いで取り消す。
「……」
「……」
なんとなく、私たちは無言になった。ペンを動かすカチャカチャという音だけが静かに聞こえてくる。
「別に」と言ってしまったことを、ほんのちょっとだけ後悔した。
でも、谷田貝さんには軽々しく大好きなんて言ってほしくなかったのだ。ジャンクフードを食べるみたいに言われると、一瞬にして価値がなくなったように感じる。
変な汗が出る。
こんな気まずい空気、絶対良くない。
第一、私は今、谷田貝さんの先生だ。
先生がヘソを曲げているのは、生徒に対して良くない。
よし。あと5秒したら、私から話しかけよう。1、2……。
心の準備をするかのように画面をいろいろいじっていたら、別のプリクラ画面に切り替わった。
「あっ……」
そこには私と谷田貝さんが、ピースサインをしている姿が映っていた。
——落書きには"ごめんね"と書いてあった。
とっさに彼女を振り向くと、ずっと私を見ていたのか、目と目が合った。
「谷田貝さんが謝る必要はないよ。何も悪いことしてないんだから」
「……大好きって言っちゃったから、気ぃ悪くさせちゃったかなって思ったの」
彼女は少し俯いた。
「……不快になんてなってないよ。ただ少し複雑だったの」
「何が?」
「大好きでもないのに、大好きって言わせたことについて」
……。
あっ。私、大人気ない。
これじゃまるで、拗ねているみたい。
「……あたしって、そんなに信用無いかなぁ?」
谷田貝さんはまばたきをする。
「大好きってストレートに言っても、冗談で言っているように聞こえる?」
彼女の顔が近くにあった。いつの間に。表情は硬かった。
「……や」
息を呑む。
「……谷田貝さんの言葉は、良い意味でも悪い意味でも、明るく聞こえるよ」
「……何それ?」
「気持ちは伝わるけど、重みはないって感じがする」
「ふはっ。言うじゃん」
彼女は私の胸を指さした。とんと。
「そうなると浜松はいいよね。大好きって言ったら、マジで本当っぽく聞こえると思うから」
「……」
「ねぇ。試しにさ、あたしに大好きって言ってみてよ」
支離滅裂だ。
なんで谷田貝さんに好意を伝える言葉を言わないといけないんだろう。
そう口にすればいいだけなのに、声にならなかった。
「……ふはっ。冗談だよ!」
早い切り返し。もうプリクラの画面に向き合っている。
気まぐれで私を振り回す、じゃじゃ馬のような子。
それは私にとって、面白いことではなかった。
「——谷田貝さん、大好きだよ」
真っ直ぐに彼女に想いを伝えた。笑いもせず真顔で。
そんなつもりはなかったのに、遅れて頬に血が集まる感覚がした。
あっ。私、絶対、顔赤い。これじゃ谷田貝さんにまた揶揄われてしまう。




