第16話 プリクラ
谷田貝さんはフィギュアの箱をまじまじと見つめている。
「……これ、玄関に飾っておこうかな?」
「それはミスマッチじゃない?」
猫型ロボットが玄関に置いてある家って、どんなだ。
「えー。だって、あたしの家って、赤とか黒とかの絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜた絵しか飾ってないんだもん。だから、きっとかわいいと思うっ」
「……それ、めちゃくちゃ高価な絵じゃない?」
「そうなの?」
抽象的な絵画は、見る人によっては価値があり、億とかの値段がつくことがある。
そういえば、谷田貝さんは自分でお金持ちだと言っていた。
私を破格の時給で雇うくらいだから、本当にお嬢様なのだろう。
「うふふっ。もしフィギュアを玄関に置いたらさ、浜松見に来てよ♪」
「……わかった」
彼女は、また社交辞令を言った。
真に受けないようにはしている。
私は一つ伸びをした。
「ねぇ。浜松は、このゲーセンの2階には行ったことある?」
「ないよ。クレーンゲーム以外に興味ないし」
このゲーセンは1階と2階に分かれている。
1階にはクレーンゲームが多く、2階には音ゲーや対戦ゲームが集まっている。
「調べたらここね、プリクラがあるんだってぇー」
「ぷりくら……」
プリント倶楽部の略語。ブースの中で撮影し、写真に落書きをして、そのままシールにできる機械だということは知っていた。
「ねぇ。浜松、一緒に撮りに行こうよー」
「……」
私と?
「ダメ?」
「ダメじゃないけど。一度も利用したことないから。私、谷田貝さんにクレーンゲームみたいに教えることができない……」
"先生"になることができない。
「あはっ。そんなの求めてないよー!」
彼女は笑った。愉快そうに。
「っていうか、あたしがリードしたげる!」
行こう行こうと、私の右手を強引に取った。
俯き、大人しくついて行くことしかできなかった。
ゲーセンの2階エリアは、1階よりも暗かった。
右手に音ゲーをはじめとする機体が集まっていた。
左側がプリクラを撮るゾーンのようだった。
『男性のお客様のみのご利用はお控えください』という看板があるのが印象的だった。男女のカップルだったら良いということなのかな?
早速、谷田貝さんはプリクラの筐体に入るのかと思ったら、近くにあった大きな鏡の前へ向かった。
テーブルや椅子も置かれている。
彼女はそこにカバンを置くと、中から白いポーチを取り出した。
リップを手に取り、唇に塗っている。櫛を使って前髪も整えていた。
「何してるの?」
「んー? これからプリ撮るんだもん。ちゃんとしておきたいでしょ。……って、言わせないでよ!」
「ふーん」
そういうものなのか。
谷田貝さんは、身だしなみなんか整えなくても、かわいいのに。
手持ち無沙汰から、私も鏡をじっと見てみる。
何の変哲もない自分がそこにはいた。
おかっぱで、後ろの髪が跳ねていた。じっと睨むと、鏡の中の自分も険しい顔をした。
「浜松、後ろ跳ねてるじゃん。櫛でとかしてもいい?」
「う、うん」
「じゃあ、その椅子に座ってよ。うんうん。——って、サラサラじゃん!」
谷田貝さんが、ピンクのくしで私の髪をとかしてくれる。
上から下へ。上から下へ。何度か繰り返されると、なんていうか気持ちがいいというか、心地が良かった。
頭皮が刺激されるからかな。"お嬢様"の谷田貝さんに、こんなことしてもらうのは申し訳ないと思いつつ、つい甘えてしまっていた。
「浜松、耳出さないの? ねぇ。暑くない?」
「うん。ピアスが見えるし……やっぱり校則違反になるから」
「ふーん」
谷田貝さんは、黙ったまま髪をとかす。
……。
今からプリクラを撮るんだし、オシャレな彼女の隣に並ぶために、耳を出してみようかな。
そう思い、おかっぱの髪を、軽く耳にかけてみた。
「……!!!!」
谷田貝さんの動きが止まった。
櫛を私の頭から外して、鏡越しに、まじまじと見られているのがわかった。
見てる。絶対ピアスを見てる。
体を右にずらしたら、同じように視線もついてきた。
さらに左にずらしたら、谷田貝さんの瞳も動く。面白い。
猫じゃらしを追う、猫のようだ。
「何やってんの?」
「……」
調子に乗って、私は立ち上がり、円になって回っていた。
そう。某男性グループの、先頭を中心にみんなでぐるりと回る、あのダンスのような動きだ。
谷田貝さんに冷静に突っ込まれてしまった。
私は一つ咳払いをした。
……断言する。
彼女は99.9%、私のピアスに興味がある。
……ふーん。そうなんだ。
なんとなく耳たぶを触ってみた。
そういえば、クラスメートに自分から耳を見せたことなんて、今までなかった。
ひんやりとした空気がまとわりつく。少し恥ずかしいけど、谷田貝さんの前だから平気だった。
「……で、プリクラって、たくさん種類あるけど、どれがいいの?」
「うんとね——」
谷田貝さんはリップと櫛をポーチの中にしまった。彼女はプリクラの筐体をキラキラした目で見つめる。
私は初めてのことに、少しだけ緊張していた。何事も最初は、自然と身構えてしまうものだ。
だけど、谷田貝さんにすべて任せておけば大丈夫だろうという安心感があった。
彼女の背中を、どこまでも追いかけていくつもりだった。
◇
「はぇ? き、キスぅ!?」
谷田貝さんが選んだプリクラの筐体に入ると、すぐに撮影モードが始まった。
彼女と一緒にピースをしたり、ハートを作ったりした。
プリクラの機械の中は暑かった。ナレーションの指示に従って、ポーズを取る様はさながら女子高生に見えただろうか? 少し楽しかった。
撮影も終盤に差し掛かった時だった——。
『次は、仲良し二人でキスしてみよー♪』
……そんなことを音声の女の子は弾むように言った。




