第12話 キスした方がいいわよね
「谷田貝さん。大丈夫?」
「う、うん。別に平気だけど。って……誰と? 誰とキスしたの?」
「誰とって……谷田貝さんの知らない人だよ」
「そりゃそうかもしれないけどさ」
「何? 気になるの?」
深い意味はなかった。ただ純粋に聞いたことだった。
「べつにー」
まるで子供が言うみたいだった。
彼女は唇を尖らせて、辺りをキョロキョロ見渡している。
「そっか」
「……あっ! あれ、かわいい」
谷田貝さんが指差したのは、クレーンゲーム台に入っている緑色のぬいぐるみだった。
あれは……何?
近寄って見てみると、かっぱのぬいぐるみだった。
手にはきゅうりを持っていて、頭の皿は割れている。
目つきが悪くて、無愛想だった。
……これ、かわいいのかな?
谷田貝さんをチラリと見ると、頬に手を当てて陶酔していた。
もしかして彼女は、かわいいの基準が人とズレているのかもしれない。
「ねぇ。浜松」
「何?」
「……これ欲しいんだけど、取り方教えてくれない?」
「うん。いいよ」
私は谷田貝さんに雇われたアルバイトだ。
なら、一緒にいる間くらいは、彼女の言う通りにするしかない。
かっぱの頭が重そうだったので、ゲット口まで少しずつ寄せていくように、谷田貝さんにアドバイスをした。
「あっ。あれ」
アームのボタンを押す彼女の手が止まる。
かっぱは一度持ち上がったものの、すぐに落下した。
「……ここはね」
「っ!!」
どうやら今日も、谷田貝さんには、手取り足取り教える必要がありそうだ。
私は彼女の後ろに回り、肩越しにクレーンゲーム台を指さした。
「あの、かっぱの頭見える?」
「ね、ねぇ。浜松。み、耳元で喋らないで! ぞわぞわする!」
「……えっ? じゃあ、こんな感じは?」
「こ、小声もやめてよ! ますますヤバいって!」
谷田貝さんの耳は真っ赤だった。私が喋ると、彼女を不快な気分にさせてしまう。
再びお金を入れる。
私は無言で、谷田貝さんの手の上からボタンを押した。
先ほどのカップルも、こんな風にいちゃついてはいなかっただろうか。
まるで二人羽織のような出立ちだ。
黙々とかっぱのぬいぐるみを取ることだけに、意識を集中させた。
手に汗をかいているのは、きっと私だ。
アームを何度も動かすことで、景品も取り出し口に近づいていった。
「あと、一手で取れそうだよ」
「っ……」
谷田貝さんの肩が跳ねる。
忘れてた。
耳元で喋るのは駄目なんだった。
彼女が振り向くと、近い場所に顔があった。
恥ずかしさから、思わず視線を逸らしてしまった。
「あ、あとは谷田貝さんが一人で取ってみてよ。今までの要領で大丈夫だから」
谷田貝さんから離れ、隣に並んだ。
やっぱり、この距離の方が落ち着く。
「……ん、わかった」
彼女は私から目を離すと、お目当ての、かっぱのぬいぐるみを見つめた。
凛々しい表情に、胸が高鳴った。
「頑張る」
そう言ってからお金を入れ、アームをゆっくりと動かした。
谷田貝さんが、かっぱの頭を狙う。少し位置が右にズレたけど、支障はなかった。
アームがゆっくりと下がり、じれったく数秒止まった。息を呑む。
アームが上がった瞬間、かっぱも持ち上がり——てんと、一度床にバウンドしてから、ぬいぐるみはゲット口に落ちた。
「やったーーーーーーー!!! 浜松ーーーー!!! 取れたよーーーー!!!」
「おめでとう」
谷田貝さんとハイタッチをした。
パンっと気持ちがいい音が店内に響き渡る。
まるで運動部が、勝利を収めて仲間と分かち合うような、そんな爽やかさがあった。
彼女の嬉しそうな顔を見ていると、私まで嬉しくなった。
「あたしの力で初めて取れた!? そうよね!?」
「うん。おめでとう」
パチパチと拍手をした。
「そ、そんなに素直に祝ってもらうと調子が狂うわよ!!」
谷田貝さんは、私に指をビシッと突きつけた。
「っていうか、浜松が途中まで、力を貸してくれたんでしょ! ツッコミ入れなさいよ!」
彼女は高らかに言った。
「……認めたくないけど、やっぱり浜松のおかげね。"先生"ありがとう」
「どういたしまして」
素直な谷田貝さんはかわいい。
そう思うのはおかしいだろうか。
谷田貝さんはゲット口に手を入れて、かっぱのぬいぐるみを"救出"した。
抱きしめることもなく——微動だにせず、そのままだった。
急にくるりと振り向き、私を見つめた。
「あのさ……」
「どうしたの?」
「キスした方がいいわよね」
「はい?」
「……だって、さっきの大学生がしてたから」
どういう理屈なんだろう。先ほどの二人はカップルだ。
クレーンゲームで"かわちい"が取れたから、感極まって、ハグをして——キスだってしたのだろう。
私は戸惑い、何も言い返せずにいた。




