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クラスの人気者女子にクレーンゲームの景品を取ったら、やけに距離が近くなった  作者: 宮野ひの


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第11話 キスの経験

 谷田貝さんは、腰に手を当ててふんぞり返っている。


 買うとか先生とか、何が何やら。


 ……断ろう。


 同級生が同級生を買うとか絶対駄目だ。


 私は息を吸って、返事をしようとした。


「——時給3,000円出すよ!」

「ぐっ……。やります」


 谷田貝さんが甘いことを言うから、思いとは反対の答えを返してしまった。


「高っ! 谷田貝ちゃん、太っ腹だなぁ」


 傍観していた明比さんが、口を挟んだ。


 ちなみにオリオンの時給は、1,300円だった。


「ふふっ。あたしの家、お金持ちだから。浜松、今やるって言ったわよね?」

「……うん」


 女に二言はなかった。


 谷田貝さんは顎に手を当てて、私をじーっと見つめた。


「じゃあ、来週からお願いしてもいい? 浜松は、月・水・金の放課後、いつものゲーセンに集合して、あたしの言うことを聞くこと!」


 あたしの言うことを聞くこと?


 少し引っ掛かりを覚えたけど、まぁいいや。スルーする。


「わかった。よろしくね」

「んっ」


 話の流れから、私たちは握手をすることになった。


 彼女の右手はひんやりしていた。その冷たさが、ぞくっと背中を震わせた。


「仲睦まじき、友情ってやつだなぁ。かー。若いっていいねぇ」


 明比さんは人ごとみたいに、茶々を入れてくる。


 ——とりあえず来週から職なしになることは免れそうだった。


 谷田貝さんは、目を細めてにっこり笑っている。

 なんとなく視線を逸らしてしまった。


 ……こうして私と彼女の奇妙な契約関係が始まった。



◇



 私の目の前で、カップルがクレーンゲームに夢中になっている。大学生くらいだろうか。


 あまりにもキャーキャー騒いでいるものだから目が離せなかった。


 細いデニムを履いた彼氏が、懸命にボタンを押していた。その隣では、肩の出たワンピース姿の彼女が、成り行きを見守っている。


 二人が景品として狙っているのは、最近話題の"かわちい"だった。白くて、つぶらな瞳が特徴的なキャラクター。


 今まさに二人は取り損ねて、「あー!」と声を上げていた。


「わっ!」

「ひゃっ!!!」


 突然、背後から声をかけられた。振り向くと、そこにはツインテール姿の谷田貝さんがいた。


 今日は暑いからか、ワイシャツの襟元を豪快に開けていた。目のやり場に少し困る。


「あたし。ひかるだよー!」

「……びっくりした」

「へー。浜松も驚くことあるんだね?」

「人間だからあるよ」

「あはっ。誰もアンドロイドだなんて思ってないってー」


 谷田貝さんはケラケラと笑った。いつもよりも、はしゃいでいるように見えた。


 彼女の耳の横を、汗が一筋伝っていく。


「……で、今日はどうするの?」

「うわー。めっちゃ事務的な返事じゃん!」


 谷田貝さんが眉をしかめる。


「まっ、仕方ないかー。うんとねー」


 今日は、いわば"バイト初日"ということになる。何をするのかは詳しくは聞いていない。

 "雇われている"以上、私にできるのは大人しく従うことくらいだった。


 谷田貝さんは店内をキョロキョロと見渡した。


 ——その時だった。


「よっしゃー!」

「すごーい!」


 先ほどのカップルが黄色い歓声を上げていた。


 見てみると、お目当てのぬいぐるみをGETしたようだった。


「りきと、すきー!」


 彼女が彼氏に熱いハグをしている。

 すごくラブラブだ。


 私はどきんと心臓が反応しそうになり、頭をぶんぶんと振った。


 何故か、谷田貝さんにハグをされたことを思い出したからだ。


 彼女にとさかちゃんを取ってあげた時、ふわりと抱きつかれた。


 いい匂いがして、柔らかかった。


「浜松、何してんの?」

「…………クレーンゲームをする前の準備体操的な」

「へー。プールに入る前みたいなしきたり?ってあるんだねー。あたしも一応しとこー」


 谷田貝さんは私と同じように、首を右に左に動かした。


 彼女はとても素直な人だった。


 そういえばトイレの鏡に向かってするおまじないも疑うことなく真似していた。


「きゃっ」


 突然、谷田貝さんが顔を覆った。


 えっ。


 どうしたんだろうと視線の先を辿ってみると——。


「……」


 なんと、先ほどのカップルがキスをしていた。

 ハグだけじゃ足りなかったのだろうか。


 がっちり抱き合いながら、唇を重ねていた。


 ……。


 完全に二人の世界に入っている。

 近くにいる店員さんや、私たちは蚊帳の外だ。


「……なんか、あたしらお邪魔だね。ちょっと端っこ行こうか」


 谷田貝さんが私の制服の裾を掴んだ。

 明らかに気まずそうだった。


 私としては、そのまま何が始まるのか、見届けたい気持ちもあったけど——。


 空気を読んで、彼女に従う。


「初っ端からすごいもの見ちゃったねー」


 谷田貝さんが先頭を歩いていく。


「うん」

「大学生かな? もうちょい大人になると、ああいうこと経験したりするのかな」

「……えっ。谷田貝さん、キスしたことないの?」

「は、はぁ?」


 彼女は勢いよく振り返った。私の顔をまじまじと見る。

 頬がほんのりと赤かった。


「……な、ないけど?」


 やがて、観念したように口を開いた。


「そうなんだ。てっきり谷田貝さんなら、したことあると思ってた」

「あたしをなんだと思ってるのよ……」


 彼女は少しムッとしている。


「……えっと、その。あの、経験豊富そうだと——」

「その経験豊富そうって言葉、嫌い」


 ギロリと睨まれてしまった。


「……ごめん」

「別にいいけど」


 二人してゲーセンの中をゆっくりと歩いた。いつもはいるだけで心踊る場所なのに、今日は気まずい。


 店内を一周回って元の場所に戻ったら、先ほどのカップルの姿はなかった。


「……まぁ。浜松もキスしたことないよね?  だからあたし達、ある意味、似たもの同士ってやつなのかもね」


 気まずい空気を払うように、谷田貝さんは笑った。


「……えっ」

「んっ? 何?」

「……私、キスしたことあるけど」

「はっ!? うそっ!?」


 彼女は目を丸くする。


 ガンっと音がする。クレーンゲームの台に肘をぶつけたようで痛そうだった。

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