第9話 管理組合長
四畳半の聖域に、けたたましいアラートが鳴り響いた。
俺はスライムクッションに顔を埋めたまま、空中に浮かぶ半透明のモニターを、片目だけで睨みつける。
「……またか」
画面には、ダンジョン入り口の自動券売機の前で、あーだこーだと騒ぎ立てる冒険者の一団が映っている。
彼らは俺が設置した「無人受付スライム」のぷるぷるした頭を叩きながら、無理難題を押し付けていた。
「おい、このスライム! 『今日のパンの焼き上がりは何時だ』って聞いてんだよ!」
「申し訳ございません。よくある質問(FAQ)をご参照ください」
「だからそのFAQのどこにパンのことが書いてあんだよ!」
俺は溜息をつき、操作パネルをスワイプして「FAQ:024」の項目を更新した。
『パンの香りは、管理者の気分と魔力循環の余剰分によって発生します。予約は受け付けておりません』
「……よし。これでよし」
俺は再び眠りに落ちようとしたが、モニターの端で、別の赤い点滅が激しく主張を始めた。
女神からのダイレクトメッセージだ。
『管理者のあなた! また通知をオフにしましたね? 良いですか、今月の「初級冒険者生還率」が目標値に届きませんよ。もっと熱血指導を、こう、ダンジョンに罠を増やして彼らを鍛えるとか……』
「……うるさいな。寝不足はQOLの天敵なんだよ」
俺は女神のメッセージを「後で読む(=読まない)」
フォルダに放り込み、のろのろと起き上がった。
女神の干渉を物理的に断つことはできないが、彼女が満足する「数字」さえ提示すれば、しばらくは静かになるはずだ。
「……管理を自動化して、俺の寝る時間を確保する。これが最優先事項だ」
俺は「運営のギフト」をフル稼働させ、ダンジョン第1階層の構造を書き換え始めた。
目指すのは、「冒険者が勝手に、効率よく、かつ安全にレベルを上げて帰っていく」ためのオートメーション・システムだ。
まず、入り口のすぐ隣に「物置小屋」……いや、セシリアが勝手に住み着いたあの部屋をベースに、さらに五つの「ワンルーム」を増築した。
「セシリア、聞こえるか。お前に仕事をやろう」
俺は加工した声を彼女の部屋のスピーカーへと飛ばした。
隣の部屋で、自堕落にスライムを枕にして寝ていた聖女が、ガバッと起き上がる。
「えっ! マスター!? ついに、私と一緒に暮らしてくれる決意を……!」
「違う。お前の隣の部屋に、別の住人を入れる。お前はその住人たちの『管理組合長』になれ」
「管理……組合長?」
「ああ。住人たちの条件は一つ。『ダンジョン内の掃除と、初心者の救助』だ。それをやれば、俺の部屋と同じ最高級の魔力ベッドと、一食二回のルームサービスを保証する」
聖女の目が、輝いた。
彼女にとって、教会での過酷な派閥争いよりも、このダンジョン内での「管理業務」の方が、よほど救いのある聖業に見えたのだろう。
「やります! 私、立派な管理者になって、この聖域を守り抜いてみせます!」
「よし。窓口はお前に任せた。……それと、これからは俺に直接話しかけるな。何かあれば、掲示板に書き込んでおけ」
俺は回線を切断し、次に「運営のギフト」で、ダンジョン内のモンスターたちの思考ルーチンを書き換えた。
Fランクのゴブリンたちに「冒険者が瀕死になったら、速やかに救援を呼び、回復の泉まで運ぶ」という、介護職のようなプログラムを組み込む。
「これで、生還率は100パーセント。女神も文句は言えまい」
環境が整うにつれ、俺の作業は減り、モニターの中の光景は変わっていった。
冒険者たちは勝手に掃除をし、聖女に率いられた管理組合がトラブルを仲裁する。
俺はその様子を、四畳半の特等席で眺めるだけでいい。
俺は全自動調理器が淹れたばかりのコーヒーを啜り、満足げに呟いた。
「……さて。管理も安定したことだし、次はあの、女神が言っていた『最高級の羽毛布団』でも、物々交換で手配してみるか」
俺の「引きこもり運営」は、こうして、自分ですら動かないための「完全自動化」という新たなステージへと足を踏み入れた。
四畳半のドアは、まだ固く閉ざされたままだが、その壁の向こう側では、俺の設計した「静かなる平和」が着実に根を張り始めていた。
ご拝読ありがとうございます。
すべてはストレスフリーな自堕落生活のために!完全自動化が今後どういった展開(弊害?)を生むのか。
さらなる成長と発展を遂げるのか、次回をお楽しみに!!




