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Fランクダンジョンの平和な日常〜はじまりのワンルーム〜  作者: 弌黑流人
第一章 はじまりのワンルーム

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第8話 窓

光の中から現れたのは、かつて俺をこの世界へ送り出した女神だった。


彼女は、快適さを追求しすぎて、もはや宇宙船のコックピットのようになったワンルームを見渡し、絶句している。


「女神様。不法侵入ですよ、ここは俺のプライベート空間です」


「プライベートも何も、ここはダンジョンの心臓部でしょう!? 普通は、もっとこう、禍々しい祭壇があったり、侵入者を絶望させる玉座があったりする場所なんですよ!」


女神の内心は、混沌としていた。彼女は、自分が与えたギフトの行方をずっと監視していたのだ。勇者が魔王を討ち、王が国を治める物語を期待していたのに、そこにあるのはパンの香りと、効率化を極めた無機質な管理者の姿。神々が退屈を癒やすために用意した「波乱」が、この男の前では微塵も発生しない。


「プライベートの概念が歪んでいますよ! あなたの知性は、もっとこう、世界に影響を与えるためにあるべきなのに!」


女神は、俺が魔力回路を改造して作った全自動ポップコーン製造機を指差し、肩を震わせた。


「運営の知性を、おつまみの自動化に使うなんて。それにあの外のシステムは何ですか! 冒険者は攻略のヒントを求めてるんですよ!」


「ヒントなら掲示板に書いてあります。対面でのやり取りは、お互いのリソースの無駄ですから」


俺はソファに深く沈み込み、女神にも座るよう促した。女神は毒気を抜かれたようにドサリと座り、「……ふかふかですね、これ」と小さく呟いた。


怒り心頭だったはずの感情が、この部屋の異常なまでの安らぎによって少しずつ中和されていく。


「女神様。俺は言いましたよね。穏やかに過ごしたい、誰にも邪魔されず、静かな日常を管理したいって。誰も死なない。誰も傷つけない。これのどこが不満なんですか?」


女神は、言葉に詰まった。彼女にとって、この男の在り方は「物語の放棄」だった。しかし、外の冒険者たちは満足げに帰っていく。彼らにとって、この場所は「生きていくための休息」となっていた。


「それは、そうですけど……。最近、天界は暇を持て余しているんです。世界が平和になりすぎたせいで、神々が退屈してしまって。あなたが選ばなかった冒険のギフトを選んだ人たちは、今頃、魔王軍と戦ったり、血反吐を吐きながら世界を救ったりして、物語を紡いでいます。でも、あなたの方は……」


女神は溜息をつき、複雑な表情で俺を見つめた。


「あなたはあまりにも効率的すぎて、波風すら立たない。神々にとって、あなたのダンジョンは、見どころのない静止画のようなものだと思われていたのです。だから、私が直接様子を見に来ました。……ですが、実際に見て分かりました」


女神は俺が淹れた最高級のハーブティーを飲み、穏やかな笑みを浮かべた。その表情には、神としての「高圧的な指示」ではなく、一つの結論に至った者特有の諦念があった。


「あなたの運営は、ある意味で究極の到達点なのかもしれません。他者に干渉せず、されず、ただ平穏を循環させる。それはそれで、一つの完成された物語なのですね。退屈な神々の不平不満など、あなたのこの空間が持つ、洗練された静寂の前に比べれば、いかに下らないことか」


女神は満足げに、そして少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。彼女の中で、「物語を強要する」ことへの疑問が氷解していた。この管理者は、彼なりの方法で、彼自身の世界を平和に守っているのだ。


「一つだけ約束してください。たまには、窓を開けてください。あなたがこの部屋の中で完結していても、世界はあなたのパンの香りを待っているんですから」


女神はそう言い残すと、ハーブティーのティーバッグをこっそり持ち帰りながら、光の中に消えていった。

静寂が戻る。俺は一人、聖域で女神の言葉について考えた。


「窓ねぇ。ま、換気くらいはしてやるか」


俺は操作パネルを操作し、ダンジョンの一階層に、新しい天窓を設置するコマンドを入力した。重厚な石壁に亀裂が入り、そこから柔らかな光が差し込んでくる。その光は、ダンジョン内を淡く照らし、静かにパンを待つ人々を包み込んだ。


俺のワンルームは、今日も誰にも邪魔されない。

だが、その扉の向こう側には、俺が作った優しい管理を求めて、今日も誰かがやってくる。


これこそが、俺の選んだ、最高に贅沢で孤独な運営の形だった。窓から差し込む光は、世界と俺との唯一の接点であり、同時にこの聖域を彩る、唯一の贅沢な装飾品でもあった。


ご拝読ありがとうございます。


たぶん「世界はあなたのパンの香りを待っている」というのは比喩で、外との関わりをもっと持とうよって言ってるんだろうね。この世界をいじり倒してほしいって意図があるよ。きっと。


さらなる成長と発展を遂げるのか、次回をお楽しみに!!


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