第10話 物々交換
「……ふむ」
俺は四畳半の特等席で、全自動調理器が淹れた二杯目のコーヒーを啜りながら、手元のモニターを見つめていた。
画面には、増築した五つのワンルームが早くも満室になり、入居した冒険者たちがせせこましく通路のゴミ拾いをしている姿が映し出されている。
彼らは管理組合長となった聖女セシリアの厳格な指導のもと、実によく働いていた。
おかげでダンジョン内の生還率は跳ね上がり、俺の睡眠時間は劇的に改善された。
しかし、人間というものは、環境が豊かになればなるほど、さらなる高みを求めてしまう生き物らしい。
「……やっぱり、市販のブレンドじゃ限界があるな」
贅沢な悩みだと自分でも思う。
だが、どれだけ運営のギフトを駆使しても、システムが生成できるのは基礎的な食料や水、あるいは簡易的な宿泊設備までだった。
俺が今切実に求めている「最高級のコーヒー豆」や、一度包まれたら二度と出られなくなると噂の「最高級の羽毛布団」といった嗜好品は、外の世界の人間が流通させている現物を持ってきてもらうしかないのだ。
「仕方ない。物々交換の窓口を作るか」
俺は操作パネルを叩き、ダンジョン第1階層の広場に、新しく物資交換所のカウンターを生成した。
自由度の高くなった端末を通じて、冒険者たちが持っているスマートフォン型の魔導端末へ、一斉に通知を飛ばす。
『お知らせ:ダンジョン運営により、レア物品の買い取りおよび交換窓口を開設しました。指定の嗜好品を持ち込んだ者には、相応の報酬(特製パン、高純度ポーション、またはダンジョン内限定通貨)を付与します』
しばらくすると、さっそく一人の新米冒険者が交換所の前にやってきた。
モニター越しに見るその男は、まだ装備もボロボロで、いかにも始めたてのFランクといった風貌だ。
彼は恐る恐る、カウンターのスキャナーの上に、古びた麻袋を置いた。
チャットウィンドウが起動し、俺と彼の会話が始まる。
「あ、あの……これ、街の高級商店で手に入れた『ルバム高地の極上コーヒー豆』なんですけど。本当にパンと交換してもらえるんですか?」
俺はすぐさま運営のギフトの鑑定機能を使い、豆の品質をチェックする。
保存状態は良好。香りの成分も申し分ない。
「品質確認。要求を呑む。見返りとして、焼き立ての特製クロワッサン3個と、HPポーション2本を支給する」
「うお、すげえ! 本当にアイテムが出てきた! ありがとうございます、管理者さん!」
画面の向こうで、新米冒険者が子供のように飛び跳ねて喜んでいる。
俺は四畳半のベッドの上で、ふっと口元を緩めた。
これまでは画面の向こうの人間を排除すべきノイズか管理対象の数字としか見ていなかったが、こうして直接チャットで交渉してみると、案外悪い気はしない。
外の世界の文化や、彼らがどんな思いでここへ足を運んでいるのか、ほんの少しだけ興味が湧いてくるのを感じた。
しかし、そんな平穏な交易の時間は、天界からの突然の沈黙によって破られることになる。
ピコン、と妙に気の抜けたエラー音が鳴った。
見ると、いつもなら一日に何度も送りつけられてくる女神からのダイレクトメッセージのアイコンが、完全にグレーアウトしている。
『システム警告:上位存在との回線が一時的に切断されました。天界での緊急会議のため、管理補佐(女神)はしばらく不在となります』
「……は?」
俺は思わず声を漏らした。
あれだけもっと罠を増やせだの熱血指導をしろだのと騒がしかったあの小言が、一切聞こえなくなったのだ。
普通なら、これ以上ない解放感に浸るところだろう。
実際、俺もせいせいした、これで誰にも邪魔されずに二度寝ができると枕に潜り込んだ。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
女神という抑止力が一時的に消えたその瞬間を、外のハイエナどもが見逃すはずがないということを。
ご拝読ありがとうございます。
珈琲はないとね。ダンジョンレベルが上がればもうワンランク上の生活向上が望めそうな気もするが……。
女神の不在をまずは喜ぼう。
さらなる成長と発展を遂げるのか、次回をお楽しみに!!




