第6話 聖女
宮廷美食家アレクシスの報告は、最悪の形で実を結んだ。噂を聞きつけた隣領の強欲貴族、バドラス伯爵が「その癒やしの空間を独占し、会員制リゾートとして金に換える」という野心を抱いて来襲したのだ。
彼は武装した私兵を引き連れ、ダンジョン最深部のコア前まで鼻息を荒くして踏み込んでくる。
「おい、この迷宮の主! 貴殿の『安寧』とやらを、私が正当な価格で買い取ってやろう。ここにサインしろ。そうすれば、貴殿を特別顧問として雇い、終身雇用を約束してやる!」
差し出されたのは、前世で嫌というほど見た「不平等な契約書」だった。
俺はソファでポテトチップスを齧りながら、モニター越しに鼻で笑う。
「……終身雇用? 冗談じゃない。俺は二度と『社畜』には戻らないんだよ」
俺は「運営のギフト」を起動。伯爵が持っている契約書の羊皮紙に含まれる微細な魔力組成をリアルタイムで書き換えた。
彼が勝ち誇った顔で中身を読み上げた瞬間、文字が次々と歪み、再構成される。
「ええい、読み上げるぞ! 『私は、全財産をスライムの維持費として寄付し、裸一貫でこの地を去ることを――』なっ、何を言っているんだ私は!?」
パニックに陥る伯爵に対し、俺はさらに「運営」を加速させる。
彼が逃げ出そうとした通路の風景を、俺の記憶にある「深夜二時のオフィス」へと書き換えた。
窓の外には終わらない夜。机には積み上がった書類の山。そして、どこからともなく聞こえる「進捗どうですか?」という無機質な囁き。
「ひぃっ! 何だこの空間は! 息が詰まる、吐き気がするぞ!」
前世のストレスを魔力で物理現象化した「デス・ワーク・トラップ」。社畜経験のない貴族には、文字通り死の呪いに等しい。
「契約書はシュレッダー(という名の魔食スライム)に通しておいた。二度と俺の聖域を『市場価値』で測ろうとするな!」
伯爵は全財産(の入った財布?……権利関係もある?え?普通持ち歩くものなの?)を落とし、泣きながらダンジョンを駆け出していった。
よし、これでまた一つ、平和な日常が守られた。
伯爵を追い払ったのも束の間、次に現れたのは、光の教会の聖女セシリアだった。
だが、彼女の瞳には慈愛ではなく、深い「絶望」が宿っている。
「……マスター。わかっています。あなたも、人間関係のギスギスした摩擦に疲れ果て、この四畳半に救いを求めたのですね。私を、その片隅に置いてください。私はもう、人々の祈りも、教会の派閥争いも、魔力通信の通知も、すべて遮断したいのです……!」
彼女はコアの壁にしがみつき、泣きながら懇願する。
「安寧を求める疲れ果てた者同士、手を取り合って静かに暮らしましょう!」
俺はマイク越しに冷たく答える。
「断る。ワンルームに二人が入った瞬間、それは『社会』だ。俺の聖域に他人の呼吸音は必要ない」
しかし、聖女の執念は凄まじい。彼女はコアの前で座り込み、ストライキを始めた。
放っておけば、ここが「聖女の隠れ家」として聖地化され、信者たちが押し寄せてくるのは目に見えている。
俺は苦肉の策として、経験値を消費し、コアの「外側」に、俺の部屋を完璧に模倣した「偽のワンルーム」を十数個、量産して配置した。
「セシリア。お前の望みは『引きこもり』だろう? だったら、一人一部屋だ。そこにある部屋のどれかを使え。ただし、魔力通信は繋がっていないし、食事は自力でスライムから奪え」
聖女は「自分専用の個室」という響きに歓喜し、そそくさと偽のワンルームに吸い込まれた。
こうして、俺は「隣人」を物理的に隔離することに成功した。たまに壁越しに「今日はスライムにパンを奪われました……」という愚痴が聞こえてくるが、シカトだ。これが引きこもりの矜持である。
ご拝読ありがとうございます。
次から次へと厄介者が現れて、ダンジョンコアの静かな生活が遠のいてゆく。まあ、でも、なんだかんだ対処できてますね。あと、聖女はにぎやかし担当になるのかな……はてさて。
さらなる成長と発展を遂げるのか、次回をお楽しみに!!




