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Fランクダンジョンの平和な日常〜はじまりのワンルーム〜  作者: 弌黑流人
第一章 はじまりのワンルーム

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第5話 防衛

まずは前菜として、スライムが慎重に運ぶスープを出すか。それとも、この居心地の良いワンルームを冷え切った冷気で包み、彼を冷遇して追い払うか。


俺は迷ながらも、スープの温度を完璧に調整し、食卓の準備を整えた。


この美食家を満足させて帰すのは、簡単にはいきそうにない。俺の平穏は、彼の一言によって大きく揺さぶられようとしていた。だが、内心では少しだけ期待している自分もいる。前世で味わえなかった「誰かと食事を共にする」という、贅沢な体験を。


俺は椅子をもう一つ用意し、彼がコアの入り口に辿り着くのを待った。


「……さて、どうしたものか」


俺はソファの上で、あぐらをかいたまま腕を組んだ。


モニターの向こう側では、宮廷美食家を自称する男、アレクシスが、ダンジョン最深部の行き止まり――つまり、俺が宿る「ダンジョンコア」の目の前で、優雅にパイプ椅子(自前だ、恐ろしいことに!いや、それ以前に、パイプ椅子が存在していることに驚きだ!)に腰掛けて待機している。


コアの中に招き入れる? 冗談じゃない。


ここは俺の聖域、四畳半の楽園だ。前世で満員電車に揉まれ、デスクの隅でカップ麺を啜っていた俺が、ようやく手に入れた「絶対安全地帯」なのだ。ここに得体の知れない男を一人でも入れれば、その瞬間にここは「公共の場」に成り下がる。


おまけに、物質的な肉体を持つ人間をこの内部に引き込むには、ダンジョンを数日間維持できるほどの膨大な経験値(EXP)を消費して、存在の次元を書き換えなければならない。


コスパが悪すぎる。そして何より、物理的に隣に座られるなんて、前世の圧迫面接を思い出して胃が痛くなる。


だが、この男は帰る気配がない。それどころか、時折コアの表面を指先でなぞり、「この結晶の輝き、実によい出汁が出そうだ」などと不穏な独り言を漏らしている。


「追い払う労力より、さっさと食わせて満足させる方が『運営』としては効率的か……」


俺は決断した。ただし、俺のルールでだ。


俺は運営のギフトを使い、コアの防音壁の一部を「マジックミラー兼、スライド式の配膳口」へと作り替えた。


外からは鏡にしか見えないが、こちらからはアレクシスの毛穴まで見える特等席だ。さらに、声を特定されないよう、魔力回路を通して「重厚で威厳のある、それでいて少し電子音の混じった声」に加工する。


「……遠路はるばる、よく来たな、美食家よ」


俺はパジャマ姿のまま、ソファに深く沈み込んでマイクに語りかけた。


アレクシスが弾かれたように立ち上がり、鏡のような壁面に向かって優雅に一礼する。


「おお、ついにダンジョン主がお姿を……いや、お声を聞かせてくれたか。この空気、この静寂。やはりここは、ただのFランクダンジョンではない。至高のレストランの厨房だ」


「余興はそこまでだ。貴殿が求めているのは、この迷宮に漂う『香りの正体』だろう?」


「察しが良い。私は、ただの栄養摂取に興味はない。心を満たし、魂を震わせる『一皿』を求めているのだ」


俺は苦笑し、全自動調理器に最後の仕上げを命じた。


出来上がったのは、琥珀色に透き通った「魔力凝縮コンソメスープ」。ダンジョン内に漂う微細な魔力を濾過し、さらにスライムが森の奥で見つけてきた希少な薬草の香りを移したものだ。


俺は配膳口のスライドを僅かに開け、中から「魔法のマジックハンド」でスープの入ったカップを差し出した。


「食え。それが、このダンジョンの管理者が提示する『答え』だ」


アレクシスは、恭しくスープを受け取った。


彼はまず、立ち上る湯気を深く吸い込み、うっとりと目を閉じた。


「……素晴らしい。魔力の組成が完全に調和している。まるで、荒れ狂う嵐の後の、静かな湖畔のような清涼感だ」


そして、一口。


「ッ……!」


アレクシスは、目を見開いたまま固まった。


「これは……ただのスープではない。口に含んだ瞬間に、脳内の雑音が消えていく。過酷な宮廷での権力闘争、納期に追われる調理師たちの怒号、それらすべてが遠のき、ただ穏やかな『個』の時間に引き戻される……。これは、究極の『安寧』の味だ!」


モニター越しに見るアレクシスの顔は、もはや美食家としての鋭さを失い、温泉に浸かった猿のような、弛みきった表情になっていた。


「よし、落ちたな」


俺は密かにガッツポーズを作った。


前世で「疲れた社会人」だった俺が作った料理だ。その根底にあるのは「一刻も早く、すべてを忘れて眠りたい」という切実な願い。それが、同じく美食の探求に疲れ果てていたアレクシスの心に、クリティカルヒットしたらしい。


「満足したなら、さっさと帰って、あのパンの噂を上書きしておけ。ここは美食の聖地などではない。ただの『静かな休憩所』だとな」


「……ああ、承知した。だが、マスター。これほどまでの『癒やし』を提供しておきながら、自らはこの閉ざされた核の中で一人過ごすとは……。貴殿は、聖者か、それとも救いようのない孤独を愛する狂人か」


「ただの引きこもりだよ」


俺は加工された声で短く答えると、配膳口をぴしゃりと閉めた。


アレクシスはその後、スープ一杯で完全に骨抜きにされた様子で、ふらふらと、しかし満足げな足取りでダンジョンを去っていった。


これで再び、平和が戻るはずだ。


だが、俺は知らなかった。


彼が近隣の村や都市、宮廷で「この世で最も贅沢なのは、誰にも邪魔されない時間、そしてそれを提供してくれる、鉄壁のワンルームに住まう『孤独な主』である」と、さらに尾ひれをつけた報告をすることを。


俺は再びソファに身を投げ出し、新しく増築した大浴場の給湯スイッチを入れた。


「……やれやれ、接客なんてするもんじゃないな」


ご拝読ありがとうございます。


疲れた心と体に染み渡るのは、おみそ汁……ここではコンソメスープでしたね。凝り固まった思考と筋肉に効く?五臓六腑に染み渡る深い味わい、そして、心落ち着く自分だけの聖域。どうです?皆さんは手に入れてますか?


さらなる成長と発展を遂げるのか、次回をお楽しみに!!


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