第4話 美食家
俺はソファに深く背を預け、再び平和な静寂が戻ったダンジョンの様子をモニターで確認した。
やっぱり、誰にも邪魔されない聖域でのティータイムは格別だ。
男の帰還後、噂は村で爆発的に広がった。
『Fランクダンジョンに行けば、なぜか猛烈に恥ずかしくなるが、その後に極上のパンの香りに包まれる』
いつの間にか、俺のダンジョンは「美食家たちの聖地」として知れ渡ることになったのだ。
「……計算外だ。なぜそうなる」
俺はソファで頭を抱えた。モニターには、リュックサックにキャンプ用の食器を詰め込み、鼻をひくつかせながら入口へ向かう冒険者たちの姿が次々と映し出されている。
彼らの目的はダンジョンの攻略でもなければ、魔石の採取でもない。どうやらパンの香りの発生源を突き止め、それをあわよくば自分の胃に収めようという食い意地が渦巻いているらしい。
もはやダンジョンは、初心者向けの修練場ではなく、一部の冒険者にとっては「森の中の隠れ家ビストロ」と化していた。俺の平和な引きこもりライフは、予期せぬ食欲の渦に飲み込まれようとしている。
「静かに、ただ静かに管理して暮らしたいだけなのに」
俺は操作パネルを叩き、全フロアに「パンの香りの出力を下げろ」と命じたが、時すでに遅し。一度ついた名声は、そう簡単に消せるものではないようだ。
その時だ。
モニターの端に、明らかに他の冒険者とは違う空気を纏った影が映り込んだ。
それは、これまでの野蛮な探索者たちとは一線を画していた。銀の食器セットを腰に下げ、ローブの代わりに上質な生地で仕立てられたタキシードのような服を着た男。
彼はダンジョン内に入ると、モンスターをなぎ倒すでもなく、迷宮の壁をまるで美術館の展示物でも愛でるかのように、優雅な指先でなでていた。
「ふむ。この魔力の流れ……なるほど。粗野な罠の気配はなく、実に洗練されている。まさに『美食』にふさわしい、芸術的な管理空間だ」
男はそう呟くと、何もない空間に向かって深く一礼した。
「失礼。私は宮廷美食家のアレクシス。このダンジョンから漂う、魅惑のクロワッサンの香りに惹かれ、遥々やってきた。……隠れていないで、顔を見せてくれないか?」
俺はソファの上で、文字通り固まった。
モニター越しの監視は完璧のはずだ。なのに、なぜコアの存在に気づいている?
彼はダンジョン全体の構造を、まるで高級レストランのメニューでも見定めるかのように解体し、味わい、そしてその中心にある「俺」という存在を直感で見抜いている。
どうやら今回の侵入者は、力でねじ伏せようとした錬金術師とはレベルが違う。彼はダンジョンが放つ魔力の質、空間の調和、そして「管理された居心地の良さ」そのものを、美食の対象として嗅ぎつけてきたのだ。
「……やれやれ」
俺はため息をつきながら、即座に調理器にフル稼働の信号を送った。
追い払うべきか、それともこの「美食家」の舌を満足させて、さっさと帰らせるか。
俺は操作パネルを操作し、キッチンに「最高級の魔力スープ」の生成を指示する。琥珀色に輝くそれは、ダンジョン内に溜め込んだ上質な魔力を凝縮した、コアならではの逸品だ。
モニター越しに、俺とアレクシスの視線がぶつかる。もちろん向こうからは俺は見えないはずだが、彼はこちらの視線を真っ向から受け止めているかのように、楽しげに目を細めた。
「どうやら、ようやく主人が反応してくれたようだな」
アレクシスはそう言って、再び優雅に微笑んだ。
逃げ場はない。この美食家は、俺が作り上げたこの「ワンルーム」の快適ささえも、食卓の一品として味わい尽くすつもりなのだ。
ご拝読ありがとうございます。
本物の美食家とは、食卓に並ぶ食事を包み込む空間さえも「美味しい」と愛でる人種なのかもしれない。分かりやすいのは珈琲かな。珈琲好きには伝わると思う。たぶん。
さらなる成長と発展を遂げるのか、次回をお楽しみに!!




