第3話 侵入者
風呂上がりに冷えた魔力水の一杯をやりながら、俺は改めて地図を眺める。
すると、モニターの端に、これまでになかった反応が映った。
それは村の噂を聞きつけてやってきたのか、あるいは偶然なのか。非常に慎重な足取りで、Fランクダンジョンの入り口を探索する、今までとは少し毛色の違う冒険者の姿だった。
運営のギフトを使い、俺は彼が持っている「鑑定書」を遠隔で覗き見る。
「……あいつ、ただの冒険者じゃないな。俺が作った『恥ずかし毒』の解毒剤を研究するために来たのか?」
平和な日常が、少しだけ騒がしくなりそうな予感がする。
俺はソファに深く腰を下ろし、新しい台所で淹れたばかりの魔力茶を一口すすった。
(さて、この新しい侵入者には、どんな「工夫」を施してやろうか。)
モニターに映る侵入者は、予想通り「毒の採取」に余念がなかった。
白衣を纏ったその男は、手際よく試験管を取り出し、俺が調整した「恥ずかし毒」の溜まり場へと近づいていく。
「ふふ、これさえあれば、あのダンジョンコアの秘密を暴けるぞ。冒険者たちが泣いて逃げ出す毒……その組成を解明し、真実の告白薬として売りさばけば、一生遊んで暮らせるはずだ」
俺はソファで足を組み、手元の操作パネルを軽くタップした。
さて、まずは出鼻を挫いてやろうか。
俺が「運営のギフト」を操作し、ダンジョン内の魔力組成を書き換えた瞬間、男が手に持っていた試験管の空気が変わった。
男が真剣な顔で毒液を採取したはずが、試験管の中身はしゅわしゅわと音を立て、甘くフルーティーな香りを放つ炭酸飲料へと変換される。
「なっ……なんだ? 毒の色が……いや、これは毒の反応ではない? まさか、完成したのはただのサイダーだとでも言うのか!」
男が狼狽する中、俺は二の矢を放つ。
あらかじめコア内の全自動キッチンに指令を出し、ダンジョンの換気口を通して「焼きたてクロワッサン」の香りを、男の立つ通路へと集中的に送り込んだ。
「くっ、集中しろ……集中して組成を分析するんだ。だが、この香ばしい匂いは一体……いや、今は研究が先だ!」
男は空腹に耐えながら分析を続けようとするが、俺はさらに地形を微調整する。
壁のわずかな反射角度と床の傾斜を数ミリ単位で書き換え、男が「直進している」と信じ込んでいる通路を、緩やかな弧を描くようにねじ曲げた。
「おかしい。ここはさっき通ったはず。今しがた角を曲がったはずなのに、また同じ風景だ。いや、地図上では直進になっている……」
男は混乱し、地図を何度も見直す。
だが、俺が作ったのは迷宮ではない。男の認知を歪める「歩くほどに迷う散歩道」だ。
さらに、彼が何かに気づいて足を止めようとするたびに、床の摩擦係数を絶妙に低下させる。
「うわっ!」
男が足を滑らせて転ぶたび、ダンジョン内にはパンの香りと、少しだけ彼が転んだ時の情けない悲鳴が響き渡った。
「くそっ、このダンジョン、どこかおかしい! 毒の研究どころじゃない、早くここから出ないと――!」
男の顔には、毒の採取という当初の目的への執着など消え失せ、ただ純粋な「この奇妙な空間からの脱出」という焦燥だけが浮かんでいた。
俺は温かい魔力茶を一口すすり、モニター越しに彼の動向を見守る。
「さて、そろそろ締めくくりか」
俺は操作パネルの「強制退去(転移魔法)」ボタンを指先でなぞった。
男が次の一歩を踏み出そうとした瞬間、彼の足元が光に包まれる。
次に男が目を開けたとき、彼はダンジョンの入り口、懐かしい森の獣道に立っているはずだ。
手に持っているのは毒の詰まった試験管ではなく、俺が報酬代わりに持たせた「最高級の焼き立てパン」だけ。
「……ま、研究熱心な彼への授業料としては、安いくらいのものだろう」
ご拝読ありがとうございます。
欲に駆られた者を迅速に成敗。クロワッサンがもらえるのは何の報酬だよ!と思うけれど。可哀想になってきたのでプレゼント。
さらなる成長と発展を遂げるのか、次回をお楽しみに!!




