第31話 ランクアップ対策
俺の安眠空間に、不穏なアラートが鳴り響いた。モニターに表示されたのは、ランクアップの告知。その内容を読み進めるうちに、俺の額に青筋が浮かんだ。
『Eランクへの昇格に伴い、システムが一度完全リセットされます。現行の防衛機構、環境制御ギフト、都市インフラへの魔力供給はすべて停止されます』
「……は? リセットだと?」
俺は紅茶のカップを強く握りしめた。これは、これまでセシリアたちが命がけで作り上げてきた街の平和を、奪うことを意味する。インフラが止まれば住民たちは再び飢え、防衛機構が消えれば街は外敵の蹂躙にさらされるだろう。そんな非効率的で、かつ「面倒なトラブル」の温床を、俺が許容できるはずがない。
『ランクアップを回避するためには、別の形でダンジョンのキャパシティを拡大する必要があります』
システムが冷淡に選択肢を提示する。その一つが、コアルームのすぐ隣に出現した「未開拓の空き部屋」の解放だった。そこには古代の遺産が眠っているというが、俺にとっての価値は「掃除が面倒か否か」だけだ。
「……部屋を増やせば、管理する範囲も広がる。それはつまり、俺の怠惰な生活に不必要な作業が増えるということだ」
『その部屋を解放しない限り、現在のワンルームの環境維持にも魔力の欠乏による不具合が生じます』
システムは非情だ。俺は渋々、画面越しに未開拓のエリアをスキャンする。壁の向こう側は、埃と古代の魔力残滓が渦巻く巨大な迷宮空間になっていた。俺はモニター越しに視点切り替えを行い、探索プログラムを起動する。
「ああ、もう……。全部片付けてやるから、二度と俺の昼寝の邪魔をするな」
モニターの視界が広がり、未知の遺構が姿を現す。そこには、忘れ去られた神代の魔導回路や、都市の基礎を強化するためのコアパーツが散乱していた。俺は遠隔操作で、その埃だらけの迷宮を物理的に「掃き出し」ながら、通路の整備を強引に推し進めていく。これは、俺の平和を維持するための、魂を削るような清掃作業だった。
ランクアップによるリセットを回避するために、俺はダンジョンの構造を根本から書き換える決断をした。
「二階層を三階層へ増築する。そしてフロアの面積を拡張し、ギミックを各所に配置しろ。宝箱には、この街の経済を潤す高価な消費アイテムをランダムに配置して、外部からの探索欲を満たす」
俺が提示したのは、ダンジョンとしての「質の向上」によるポイント消費と拡張だ。これならシステムは納得する。だが、まだ余剰の経験値が溜まりすぎていた。このままではリセットの警告が消えない。
「……なら、最下層にコアルームを置いて、その下にダンジョンとは直接関係のない『余剰魔力貯蔵庫』を設ける。全ての余分なポイントはそこへ流し込め」
俺は操作パネルを乱打し、地下深くへと巨大な空間を彫り込んだ。そこは、俺の生活圏から最も遠い、興味のない場所だ。増築と拡張の処理が完了し、システムが安堵したように沈黙する。リセットの警告は消えた。
「これでいい。……これで、俺の平和は守られた」
俺はようやく心からの安堵を覚えた。増築の副産物として、その貯蔵庫は地殻の奥深くまで達したようだが、そんなことには興味もない。
俺は貯蔵庫のことを、その瞬間に頭の隅から追い出した。そこに何が溜まろうと、俺のワンルームには何の影響もない。後にその膨大な魔力が地殻変動を誘発し、火竜の幼体や火の精霊イグニスという、極めて騒がしい訪問者を呼び寄せることになるなどとは知る由もなく。
「ふう。……やっとアラートが静かになったな」
俺は最高級の枕に頭を預け、目を閉じる。最下層の貯蔵庫では、すでに未知の熱源が静かに胎動を始めていたが、俺にとっての関心事は、今夜の紅茶の温度と、明日の天気が穏やかかどうかだけだ。
地表ではセシリアが勇者の旅路を歩み、街は俺のシステムによって守られている。そして、地下の忘れ去られた貯蔵庫は、いつかこの街を焼き尽くすかもしれない火種を孕みながら、深い眠りについていた。
俺の働かないための戦いは、またしても回避策を講じることで勝利した。この貯蔵庫の存在をすっかり忘れたまま、俺は管理者として、この広くなった八畳間で極上のまどろみに落ちていった。遠隔市長の気まぐれな平穏は、こうして、崩壊の足音を遠くに聞きながら、今日も続いている。
ご拝読ありがとうございます。
とうにかこうにか、ダンジョンコアになって10年から始まる物語の、内容につながる設定を盛り込みつつ、話を進めていきます。
さらなる成長と発展を遂げるのか?次回をお楽しみに!!




