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Fランクダンジョンの平和な日常〜はじまりのワンルーム〜  作者: 弌黑流人
第一章 はじまりのワンルーム

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第29話 抜き打ち検査

八畳に広がった俺の玉座、もとい四畳半+アルファの快適空間に、突然耳障りなノイズが響いた。それは物理的な騒音ではなく、俺の脳内に直接届く、非常に頭の痛くなる通信だった。


『大変です! 管理者のあなた、大変なことになりました! 天界の査察部が……査察官が、あなたのダンジョンを直接視察に来るって通達が来たんです!』


通信の向こうで、いつものポンコツ女神が泣き叫んでいる。俺は全自動調理器で淹れたての最高級アッサム紅茶を啜りながら、スライムクッションを抱き直した。


「……査察? そんなもの、適当に追い返せばいいだろう。俺の昼寝の時間を邪魔するな」


『追い返せるわけないじゃないですか! このダンジョンは今や、世界の経済と法を左右する巨大都市の心臓部なんですよ。天界が無視できるレベルをとうに超えてるんです。もしここで契約違反――例えば「管理者本人が働いていない」とか「市長として権力を濫用している」とバレたら、最悪、ダンジョンの機能停止ですよ!』


俺は眉をひそめた。機能停止――それはつまり、俺のこの完璧な睡眠環境が崩壊することを意味する。それは困る。非常に困る。


『お願いです、管理者のあなた! 査察官は非常に厳格な天使なんです。彼に「この管理者は極めて勤勉で、理知的に都市を統治している」と思わせないと……! だから、せめてそのパジャマを脱いで、市長らしい椅子に座って、少しは真面目なフリをしてください!』


女神は通信越しに、泣きっ面で懇願している。俺は八畳に広がった空間を見渡した。壁一面のモニターには、街の活況と、石碑に向かって祈る住民たちの姿が映り込んでいる。俺は溜息をつき、渋々重い腰を上げた。


「……分かった。演技をすればいいんだな。だが、仕事をするフリなんて退屈極まりないぞ」


『演技だけでいいんです! 査察官が来るのは一時間後。部屋の掃除と、仕事ができる管理者の演出を……お願いしますよ、本当に! 管理者のあなた、今回は本気で頼みますからね!』


通信が切れる。俺はスライムクッションを放り出し、全自動調理器の横に置いてあった、いつか何かの記念に飾っていた立派な事務机を引きずり出した。普段は物置代わりにしていたが、まあ、市長の執務机としては合格だろう。俺はパジャマの上に、どこからか見繕った適当なローブを羽織り、椅子に深く沈み込んだ。


「さて……省エネで業務をこなしているフリ、か。面倒だが、やるしかないな」


俺は操作パネルを叩き、モニターの表示を「行政書類風のグラフ」へと切り替えた。中身はただの睡眠記録と紅茶の消費量だが、見た目だけなら極めて理知的な経営者に見えるはずだ。


一時間後。部屋の空気が張り詰めた。空間を切り裂いて現れたのは、銀色の鎧を纏った、見るからに堅物そうな天使だった。そう、こいつが査察官だ。


「ここが、件の『Fランクダンジョン』……というには、あまりに巨大な影響力を持つ空間か」


天使の鋭い眼光が、俺の部屋を走査する。隣には、青ざめた顔のポンコツ女神が同行していた。


「あ、あの! 見てください、この管理者様を! 常に世界の動向を監視し、都市のインフラを最適化し、住民の幸福を追求し続けている、まさに理想的な管理者ですよ! 管理者のあなた、その……今まさに重要な政策決定を行っているところなんです!」


女神の必死のフォローを聞き流しながら、俺は手元の書類――のフリをしたデータ――をスライムのように滑らかにスワイプした。モニターに表示される美しいグラフや市場データが、まるで俺が自らの指先で全てを最適化しているかのように振る舞う。


「ふむ。確かに……都市の経済指標は完璧に近い。だが、管理者の姿があまりにも隠遁的ではないか。これは怠慢ではないのか?」


査察官が疑念をぶつけてくる。俺は内心舌打ちしつつ、椅子の上で軽くポーズをとった。


「……この街のシステムは、私という存在が『表に出ないこと』で完成されている。神の手が直接街を動かせば、住民の自律性は失われる。私はただ、見守り、導き、最小の入力で最大の効率を導き出すだけだ」


俺はシステムに指示を出し、ちょうど街の市場が閉まるタイミングに合わせて、街灯の明るさを調整するプログラムを実行した。モニター越しに、街が心地よい宵闇に包まれるのが見える。


「見ろ。これが『介入しない統治』だ。私はこの椅子から動かずとも、都市の呼吸を操っている」


俺の言葉に、査察官が驚いたようにモニターを凝視する。タイミングよく、住民たちが感謝の祈りを捧げる光景が映し出される。


「……なるほど。これは……計算された経済循環か。過干渉を避けつつ、最大限の安全を保障する。これが君の『管理手法』というわけか」


「そうだ。私はただ、最高効率を求めているに過ぎない」


査察官はしばらく沈黙し、やがて満足げに頷いた。


「驚いた。君は怠けているのではない。……極限の省エネこそが、この都市の維持において最も効率的なのだな。評価を改めよう」


査察官が消え、女神がへなへなと床に崩れ落ちた。


『あぁ、よかったぁ……! 管理者のあなた、本当にありがとうございます! あなたのその「面倒くさい」という感情が、まさか高度な統治理論として評価されるなんて!』


「……帰れ。俺はもう寝る」


俺はローブを脱ぎ捨て、パジャマ姿に戻ると、即座にスライムクッションへダイブした。八畳の空間に、俺一人のため息が満ちる。


「……あいつら、本当に騒がしい奴らだ。俺はただ、静かに寝ていたいだけなのに」


モニターに映る街は、俺が調整した灯りで美しく輝いている。査察も終わった。これで当分、誰も俺の安眠を邪魔することはないはずだ。俺は再び目を閉じ、最高の二度寝の世界へと旅立った。これが、俺なりの「市長としての責務」ということにしておこう。


ご拝読ありがとうございます。


査察も見事にクリア……なんと面白みのない展開……今後、査察が行われたことによる弊害を……つくるべきだろうか……。


さらなる成長と発展を遂げるのか?次回をお楽しみに!!


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