第26話 遠隔市長の憂鬱
「マスター、大変です! 広場に『遠隔市長様の代理人』を名乗る怪しい男が現れました!」
スピーカーから響くセシリアの悲痛な声に、俺はスライムクッションの上で身じろぎした。せっかくの昼寝を中断された不快感で、眉間にしわが寄る。俺は渋々、四畳半の壁に設置された大画面モニターへと視線を向けた。
画面の中には、金ピカの刺繍が施された法衣に身を包み、傲慢な笑みを浮かべる男が立っていた。男の足元には、数人の取り巻きがひれ伏している。
「私は遠隔市長の右腕、選ばれし使者である! 今すぐ私に神殿建設のための寄付を差し出せ! そうすれば、重力を操る市長様の御利益が、お前たちの家にも届くであろう!」
男の言葉に合わせて、取り巻きたちが拍手をする。広場に集まった住民たちは、困惑しながらも「本当に管理者様の代理人なのか?」とざわめき始めていた。セシリアはメイスを握りしめ、どう対処すべきか判断に迷っている様子だ。
「……あいつか。笑わせるな」
俺は鼻で笑った。俺に代理人などいない。何より、俺の威光を傘に着て、俺がもっとも忌み嫌う「面倒な人間関係のトラブル」を街に持ち込むなど、万死に値する。
「セシリア、静観しろ。……今、新しい規約を書き加えてやる」
俺は操作パネルを滑らかに叩いた。画面上の規約リストに、一行のコードが追加される。
『規約第99条:詐欺、不実記載、および管理者代理人の自称行為の禁止。違反者は即時、その身分に相応しい制裁を受けるものとする』
追加と同時に、広場に不気味な電子音が響いた。広場にいた男は、自分が何を言おうとしたのかも忘れたように、口をぱくぱくとさせている。
「さあ、まずはどう遊んでやろうか」
俺は男の足元をピンポイントで捕捉し、重力値を激しく変動させるプログラムを起動した。
男の右足の地面が重力10倍になり、体が傾いた瞬間、今度は左足の重力がゼロになる。男は空中に浮き上がり、次の瞬間、別の角度からの重力衝撃によって、弾けるボールのように広場を跳ね回ることになった。
「うわあああ!? なんだ、何が起きている!?」
「管理者様の天罰だ! 規約違反者には裁きが下る!」
住民たちの喝采が沸き起こる。男は広場の石碑にぶつかり、噴水の縁で跳ね返り、最後には街の入り口まで重力に弄ばれながら高速で吹き飛ばされていった。ピンボールのように街中を跳ね回り、ボロボロになった男は、境界線の外へと放り出される。
「ふん、掃除完了だ。……セシリア、あいつを拾うなよ。街の景観が悪くなる」
「はい、マスター! 迅速なる御裁き、拝服いたしました!」
セシリアが誇らしげに広場を見渡す。偽物が去った後、街にはかつてないほどの平穏が訪れていた。俺は満足して紅茶を一口啜る。面倒なノイズは、こうして即座に排除するに限る。
それから時が流れ、俺がダンジョンコアとして、この世界の中心に居座り始めてから6年が経過しようとしていた。
外の世界はもはや、誰も無視できない一大国家レベルの調和と繁栄を誇っていた。俺が作った「規約」は、この街のみならず、近隣諸国にまで広まり、世界規模の法律として定着しつつあった。相変わらず俺はパジャマ姿で、最高級の茶葉で淹れた紅茶を飲みながら、スライムクッションの上で完璧な自堕落生活を謳歌している。
そんなある日、静寂に満ちた四畳半の空間に、聞き覚えのない厳かな電子音が鳴り響いた。
『ピンポーン』
画面に表示されたのは、いつもの女神からの泣き言メッセージではなく、世界の根幹から発せられたような、無機質なシステムアナウンスの文字だった。
『システムアナウンス:ダンジョンポイントが上限に達しました。ランクアップされますか? それとも拡張や施設のグレードアップに充填されますか?』
「……は?」
俺は紅茶のカップを浮かせたまま、画面を二度見する。表示されたポイントの桁数は、もはや億単位を超えていた。ただ部屋に引きこもり、自分の睡眠の邪魔をするノイズをボタン一つで排除し、快適さを追求するために規約をアップデートし続けていただけだ。
画面の向こうでは、数万人に膨れ上がった住民たちが、今日も石碑の前で「遠隔市長様、万歳」と祈りを捧げている。どうやら彼らが勝手に生み出した莫大な経済効果と信仰心が、ダンジョンポイントを未曾有の領域まで押し上げてしまったらしい。
「ランクアップしたら確実にまた面倒事に巻き込まれるな……。ダンジョンが巨大化すれば、それだけ外からの干渉も増えるだろう。女神のポンコツも、ランクアップすればさらに頻繁に泣きついてくるに決まっている」
俺は深い溜息をついた。働きたくない。面倒なことに巻き込まれたくない。しかし、このまま放置するのもそれはそれでリスクがある。俺は施設のグレードアップ項目に視線を落とした。
『施設のグレードアップ:居住区の拡張、および環境適応能力の向上』
「待てよ……これを選べば、この四畳半を『八畳一間』にできるのか?」
今の俺にとっての最高到達点は、この四畳半という限られた空間を、いかに快適にするかだ。もし八畳に広がれば、今の全自動調理器だけでなく、もっと巨大な娯楽機器や、より高精細なモニターを設置できるかもしれない。
「八畳あれば……今の二倍は快適に眠れるな」
俺は薄く笑った。結局、俺の戦いはいつだって「いかに動かずに、最高の環境を手に入れるか」という一点に集約されている。
「システム、ランクアップは保留だ。施設のグレードアップを実行しろ。……八畳への拡張を優先させる」
『了解しました。居住区を拡張します』
壁がミシミシと音を立て、魔法のような光に包まれて空間が広がっていく。四畳半の無駄のない機能美に、新たな空間が付け加えられた。俺は新しくできたスペースに、どこからともなく出現した最高級のロッキングチェア(拡張によるサービス品は主の嗜好性に由来)でくつろぐ。
俺の働かないための戦いは、どうやら次のステージへ進んでしまったようだ。だが、たとえ世界がどれだけ変わろうとも、俺がパジャマを着て二度寝を愛する生活を捨てることはない。
遠隔市長として、八畳一間の玉座から、明日も静かに世界を眺めるとしよう。紅茶の香りが、新しくなった部屋に心地よく広がっていく。さて、次の二度寝の時間は、どのくらい確保できるだろうか。
ご拝読ありがとうございます。
彼の能力は全て堕落……ゆとりある快適な暮らし、卓越した生活空間維持のため。……そろそろ窮地に落としても良い頃かもしれない……。
さらなる成長と発展を遂げるのか?次回をお楽しみに!!




