第24話 変貌
難民たちの集落から始まったその場所は、今や世界最大の観光都市へと姿を変えていた。
遠方の国から規約巡礼を終えて帰還したセシリアは、今日も慌ただしく働いている。
「マスター、またしても予約が殺到しています。今回の希望者は、大陸北部の王国から来た王族一行です。彼らは一ヶ月の滞在で、最高級の宝石と引き換えに、管理組合直営の『快適特区』への優先入居を望んでいます」
聖女セシリアの報告を聞きながら、俺は天使の羽毛布団の上で大きくあくびをした。四畳半のモニターには、かつて泥の家が並んでいた場所が、今では大理石のような舗装と、全自動調理器の技術を応用した飲食店、そして一年中完璧な気候に保たれた「常春エリア」へと変貌している光景が映し出されている。
「……また王族か。いちいち相手にするのはめんどくさいんだよな……」
俺はベッドから起き上がることもせず、枕元の操作パネルを軽くスワイプした。この一年(ダンジョンコアになって6年目)、俺がダンジョンの環境制御ギフトを街全体に適用し続けた結果、この場所は「世界で唯一、悪意と不快感が排除された奇跡の地」として知れ渡るようになった。
かつての難民キャンプは消え、今や世界中から富裕層や王侯貴族がこぞって集う、超巨大リゾート都市となっている。彼らはこの街の圧倒的な安全と、俺が構築した「規約」という名の絶対的法治に魅せられ、自身の権力を持ってしても手に入らない平穏を求めてやってくるのだ。
「セシリア。王族の相手は適当に管理組合の担当者に任せろ。ただし、税収……いや、納品物だけは確実に徴収しておけ。最高級の娯楽品、特に珍しい茶葉や、古い文献、それに……そうだな、肌触りのいい高級シルクなんかも追加で要求しておけ」
「かしこまりました、マスター! 管理者様の御言葉通り、彼らの持ち込む宝物の全てを『街への寄付』という形で管理いたします!」
モニター越しに見えるセシリアは、今や一国の宰相のような貫禄を漂わせている。元はといえば、俺の静かな睡眠を確保するための「ノイズ排除」が目的だったはずが、いつの間にか「観光地化による経済支配」という形になってしまった。
観光地化のきっかけは、全自動調理器だった。俺が自分のために使っていたその機械は、ダンジョンの魔力を利用することで、素材の味を極限まで引き出し、どんな料理も天上の味へと昇華させる。その香りに誘われた通行人が、最初は金で、やがては国宝級の宝物でその料理を求めた。それが、バブルの始まりだった。
俺はモニターを操作し、街の景観を少しだけ調整する。せっかくのリゾートだ、住民が勝手に作り上げた噴水広場に、少しばかり「見栄え」を良くする魔法の照明を追加しておいた。
「……はぁ。外はあんなに賑やかだというのに、どうしてこうも俺の部屋だけ静かなままなんだろうな。まあ、それが一番いいんだが」
俺は再び目を閉じる。外の世界で数万人が俺の作り上げた「バブル」の中で踊り狂い、その利益が俺の四畳半に吸い上げられてくる。働かずに世界を支配するとは、こういうことなのかもしれない。
「マスター、またしても報告です。今度は西方の商業都市連合から、我が街に『専用カジノ街』を建設させろという要請が……」
セシリアの報告は、もはや日常茶飯事となっていた。この街の経済規模は、周辺諸国の国家予算を合計しても足りないほど膨れ上がっている。特に、ダンジョンから供給される「異世界特産品」の価値は凄まじい。
俺が全自動調理器で作り出した、この世界には存在しない「異素材の調味料」や「特殊な繊維」を少しばかり外の市場へ流すだけで、莫大な富が街へと流れ込んでくる。それがさらなる投資を呼び、街は飽和状態に近い活況を呈していた。
「カジノか。めんどくさいな。あいつら、ギャンブルを導入すれば金が稼げるとでも思っているんだろうが、規約第1条の『暴力行為の禁止』が守れないと、街が騒がしくなるだけだ」
俺はモニターに表示された管理組合の収支決算表をスクロールする。提示された数字は、もはや意味が分からないほどの桁になっていた。
「却下だ。ただし、もし彼らがカジノをどうしても作りたいと言うなら、全自動調理器を応用した『高級カフェバー』なら許可する。騒ぎを起こさず、規約を遵守するという条件でな。それと、対価として近隣諸国の関税撤廃を飲ませろ」
俺は四畳半で寝転がりながら、世界の貿易ルールすら書き換えている。ダンジョン管理局としての権限を使えば、そんなことは造作もない。
外の世界では、俺が気まぐれで放った一言が、経済誌の一面を飾り、政治の根幹を揺るがす。王族たちは競うようにしてこの街への別邸建設を希望し、俺は「景観維持のルール」を盾に、彼らから莫大な建築税を搾り取る。
俺の四畳半は、もはや世界の中心だ。だが、俺自身はパジャマ姿のままで、スライムクッションを抱きしめている。たまに感じるこの乖離感が、なんとも言えない滑稽さと、同時に言い知れぬ優越感を与えてくれる。
「セシリア。……最近、街の掃除は行き届いているか? 観光客が増えすぎると、ゴミも出るだろう?」
「もちろんです、マスター! 規約に基づき、全住民が毎朝、自らの領分を清掃しております。今や我が街は、世界で最も清潔な場所としても名高いのですから!」
「そうか。ならいい。……あいつらが調子に乗って街を汚すようなら、重力制御でまとめて広場から追い出すからな。その点は安心してくれ。俺は綺麗な空気が吸いたいんだ」
「仰せのままに!」
セシリアの返事はいつも通り、迷いがない。彼女が俺の「静かな生活」を守るための門番として優秀であればあるほど、この街は完璧な観光地として完成されていく。
ご拝読ありがとうございます。
街が観光地として成功してしまった……どうやって過去につなげようか……悩ましい。
さらなる成長と発展を遂げるのか?次回をお楽しみに!!




