第16話 サクラ大作戦
しかし、そんな自立の余韻に浸る間もなく、俺の魔導端末にトビーから緊急のチャットが飛び込んできた。
『管理者さん! 大変です! 今すぐ外の街のモニターを見てください! 変な女の人が現れて、街が大パニックになってます!』
「あ? 今度は何だ。せっかく女神が静かになったってのに……」
俺が面倒くさそうに画面を外の街の広場へと切り替えると、そこには異様な人だかりができていた。
群衆の中心にいるのは、目が眩むほどに豪華なドレスを身にまとった、絶世の美女――を模した、明らかに不自然な高出力の3Dホログラムだ。
彼女は、集まった冒険者たちに向かって、朗々と声を張り上げていた。
「皆の者、聞きなさい! 私はこの高貴なるダンジョンを統べる『管理者の婚約者』です! 今日は、我が最愛の夫となるべき管理者様を、その薄暗い四畳半から救い出し、共にあるべき光の世界へと連れ戻すために降臨しました!」
「お、おい、管理者様に婚約者がいたのか!?」
「しかも、あんな超絶美少女……! 羨ましすぎるだろ!」
外の街が、にわかに蜂の巣をつついたような大騒ぎになり始めている。
さらには、その様子を聞きつけた管理組合長のセシリアが、部屋から般若のような形相で飛び出してきた。
「ちょっと待ちなさい! マスターに婚約者など、私は一言も聞いていません! そのような不届きなサクラ、管理組合の規約違反として即座に排除します! 」
「あらぁ、ただの賃借人の分際で、正妻たる私に口答えするのですか?」
画面の中で、セシリアと謎のドレス女のホログラムが、一触即発の睨み合いを開始した。
このままでは、俺が築き上げてきた外の街の治安(平穏な睡眠環境)が、下らない痴話喧嘩(しかも身に覚えのないもの)で崩壊してしまう。
「……おい、ポンコツ」
俺は即座に、女神への直通回線を開いた。
画面に現れた女神は、わざとらしく口笛を吹きながら、視線をあちこちに泳がせている。
『あ、あれ~? 何のことですかぁ? 私は契約通り、何も干渉してませんよ? 物理的な罠も増やしてませんし、新規ノルマも課してません!』
「白々しいぞ。あの外で踊ってるドレスのホログラム、あんたの端末から出力されてる魔力パスと完全に一致してるんだよ。お見合い作戦が失敗したからって、今度は外の街に偽のサクラを送り込んで、俺を外に引っ張り出そうとしたな?」
『うぐっ……! ば、バレましたか……! だって、あまりにもあなたが部屋から出てこないから、ちょっとくらい外の空気を吸わせた方がいいかなって親心ですよ!』
「親心で俺の睡眠環境を脅かすな!」
俺は操作パネルを激しく叩き、外の街の広場、正確にはそのドレス女のホログラムの足元の重力をピンポイントで「10倍」に設定した。
ズドォォォン!!!
『きゃあああ!? 映像の処理負荷が……! 端末が重いですぅー!』
女神の悲鳴とともに、外のドレス女の映像がノイズまみれになり、地面に這いつくばるように歪んでいく。
「いいか、よく聞け、女神。外で変なサクラを躍らせるのは今すぐやめろ。俺の平穏を乱す奴は、神だろうがホログラムだろうが容赦なく物理処理する」
『わ、分かりました! 分かりましたから重力を戻してくださいー!』
「その代わり……」
俺は重力の設定を通常に戻しつつ、静かにコーヒーのカップを置いた。
「あんたが約束を守り、外の街の平穏を保つ手助けをするなら――毎月の運営ログに、外の街の『経済発展のボーナススコア』も上乗せしてあんたに納品してやる。これがあれば、あんたの出世は天界の歴史上、最速になるはずだ。どうする?」
『……本当に、悪魔みたいな管理者ですね。そんな餌をぶら下げられたら、協力するしかないじゃないですか』
女神は涙目で降参のサインを出し、外の街のホログラムを完全に消去した。
騒動が収まり、静けさを取り戻したモニターを見つめる。
画面向こうの外の街では、トビーたちが再び平和そうに行き交い、セシリアもホッとした様子で自分のワンルームへと戻っていく。
俺は天使の羽毛布団に深く沈み込み、目を閉じた。
四畳半のドアは、まだ固く閉ざされたままだ。
だが、その壁の向こう側で息づく「外の街」と、そこで暮らす人々を守るため、俺の指先は、確かに外の世界と繋がり続けていた。
ご拝読ありがとうございます。
女神暇なのか。暇を持て余してるな。出番が減るのを危惧しているな。という感じの登場のしかたになった気がしますね(汗)
さらなる成長と発展を遂げるのか、次回をお楽しみに!!




