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陽キャに迫られる話 ― 右じゃなくて左でした ―  作者: 卯月めい


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# 02

「……よし」


 小さく声にしたら、覚悟が決まった気がした。隣で比奈がクスクスと笑っている。


「90分、一点を見つめすぎだから」

「私なりに羞恥と葛藤してたんだよ」

「柚子に羞恥とかあったんだ」

「失礼な……って、行かなきゃ」

「了解。私、次の講義行っちゃうね! ふふ、ご武運を」


 そう言って比奈は荷物をまとめ、ヒラヒラと手を振って講堂の出口へ向かって行った。途中、左右と目があったのか会釈をして、再び私に手を振って講堂から出ていった。

 私も荷物をまとめた。さあ、ここからが本番だ。どうにでもなれ精神だ。ただ、彼に忘れ物を預かってもらっていて、それを返してもらうだけ。そう、それだけだ。

 

 講堂の後方から、彼等のいる前方までゆっくりと歩いていく。もう少しで彼等のいる机というところで、私に先に気付いたのは左(・)だった。


「あ、香月さん」


 左が呼んだ名前に右も気付いたようで、机のそばまで歩いてきた私に「お疲れーっ」と気さくに声を掛けてくれた。

 左右の周りには90分前ほどではないが、数人の可愛い女子達がまだ一緒だった。そんな女子の怪訝な視線を受けながら、張り付けた笑顔のまま声にした。


「右(・)く(・)ん(・)、少しお時間いいですか」


 その場の空気だけがピタっと止まった気がした。左や女子達がキョロキョロと何かを探すように目を合わせ首を振る。そして少ししてちょっと嬉しそうに右が発した言葉。


「さっき約束したし、俺の事だよね?」


 あなた以外の誰を指すだろうか、とそこまで考えて、とんでもない失態を犯してしまった事に気付いた。

 私は彼(・)の(・)名(・)前(・)を(・)知(・)ら(・)な(・)い(・)。

 右というのはあくまでも設定位置の事だ。それなのに私は今、彼を何と呼んだ?

 焦りで顔に熱が上がってくるのがわかる。

 ――私にだって羞恥心はあるんだよ、比奈!


「さ、先に講堂出てるので準備できたら来てくださいっ」

「あ、ちょっと待ってよ! んじゃ、幸大(こうだい)明日な!」

「ああ」


 早口でそう伝え足早に出口に向かうと、左に挨拶をした右が駆け足でやってきた。


「カフェとかでいいかな?」

「その辺りの人通りのない場所で大丈夫です」

「えー、俺人通りのない場所に連れ込まれちゃうの?」

「……カフェでいいです!」

「ふふん、お茶しよ?」


 そう言って彼は私の隣を歩き始めた。チラリと表情を盗み見ると、楽しそうにしている。

 身長も高いようで、目線の位置に肩がある。今まで遠くから左右でセットな姿しか見てなかったので左の方が少し大きいなと思ってたのだけど。右も単体では平均よりは大きいようだ。


――体格差があると左が右を組敷く旨味があるけど、そんなに変わらなくてもそれはそれでイイっていうか……――


「……づきさん、香月さんっ」

「え、あ、はい!」

「すごい真面目な顔して、考え事?」

「え、あはは、まぁ」


 危ない、緊張感を持たないと。まさかあなたが組敷かれる姿の構図を考えていたなんて言えるわけもない。

 無表情を貫いて、無心で歩いていたらいつの間にかカフェについていた。この系列のカフェはよく比奈と行っている。


「何飲む?」

「えっと、ホットのカフェラテで」

「ドリップとホットカフェラテをお願いします」


 お金を渡そうとお財布を出したら、大丈夫だよと止められてしまった。そして「これ以上小銭増えると困るしね」と笑うもんだから、一瞬にして余計なことを思い出し黙る羽目になった。

 飲み物を受け取って、お店の2階に上がる。思ってたより空いていて、階段から一番奥まった場所にあるテーブル席に座った。

 席について「いただきます」と一口。何からどう話そうか、そう考えていたら「あ、そういえば」と右が話し始める。


「ジョエナフってなに?」

「ゴホッ、ケホッ……えっ?!」


 動揺で気管に飲み物が入り、咳き込んでしまった。彼が知るはずもないであろう単語に、焦りを隠せない。とりあえずは笑顔を張り付ける。

 ジョエナフは、今読んでる小説で出てくるキャラクター、ジョエルとナフタックのカップリングだ。忘れ物の戦利品にジョエルとナフタックの出てくる本なんてない。

 だとすると右はなぜそんな単語を知っているのだろうか。考えられる答えは悲しくもひとつ。

 そう、真実はいつもひとつなのだ。


「あの、えっと、それは私が?」

「うん。飲んでるときに、個人的にジョエナフがきてる、って言ってたから何かなーって」

「ははは。気にしないで下さい」

「そうなの? あ! あと……」


 ――まだ何かあるのか、昨日の酔っ払いの私一体何を!!


「名前、伝えてなかったよね。俺、左澤(ひだりさわ) 瑞樹(みづき)って言います」


 出てきた話題が、いたって通常の内容で安心したのも束の間、私にはどうしても引っ掛かる単語が。


「……ひだり?」

「え、うん。左澤だよ。もしかして右澤かと思ってた?」

「あ、いえ、そうでなくて、何というか……一緒にいるお友達が左かと」


 語尾がモゴモゴと小さくなる。思わず私の脳内設定を口にしてしまったではないか。

 着席して飲み物でほっと一息を予定していたのに、その気はないであろう右改め左澤くんの揺さぶりに、脳内が追い付かず余計なことを漏らしてしまった。


「左澤は俺。あいつは右でも左でもなくて来須(くるす) 幸大(こうだい)。中学から一緒の友達」


 左と呼んでいた黒髪ツンツンヘアくんは来須くんと言うらしい。「中学からなんてすごいですね」なんて当たり障りなく返し、カフェラテをコクリと一口飲んだ。

 口のなかにほわっと広がるコーヒーの香りとミルクの甘味に少しだけ心が落ち着いた気がする。


「香月さんの事、柚子さんって名前で呼んでもいいかな?」

「ええ、はい」

「よかった、あー……なんかようやく安心できたかも」


 両腕をぐーっと伸ばし、眉を下げて浮かべた笑顔は女子達が騒ぐのも少しわかる気がするものだった。うん、何だか犬っぽい。

 右の名前がはっきりとしたところで、早速本題に入りたいところではある。本題……それは私の忘れ物の受け取りについて。


「それでさ、昨日の事なんだけど……」

「はい」

「柚子さんは覚えてないんだよね」

「……はい、恥ずかしながら。お酒飲みすぎちゃったみたいで、ごめんなさい」

「でも、右っていうのは俺の事なんだよね?」

「……へ?」


 どうしてまたその件に戻るのだろうか。今しがた解決済みなはず、右改め左澤だと。


「実はその……最中に、右のくせに、って言ってたから、誰か別の男と勘違いしてるのかなーって思って辛くて」

「――っ!!」


 ――そりゃ昨晩の時点で私の中では君は右(・)だから、使用する側ではなく使用される側であって、それなのにまさかソ(・)レ(・)を私が使用されるなんて……って要するに……――痴態まだあったのか!! いい加減にして私!!

 とにかく公共の場でなければ大絶叫間違いなし案件だ。


「あんな事あってから聞くのもおかしいけど、彼氏いないよね?」

「へっ、いないです! 勘違いするような相手もっ」

「よかった」


 ホッとした様に笑顔を浮かべる左澤くん。その「よかった」の言葉に違和感を覚えたのも束の間、彼の笑顔は一瞬にして真剣な表情へと変わる。


「柚子さん」

「はい、何ですか?」

「実は大学入って割とすぐに、柚子さんと友達が笑い合ってたの見掛けて、それ以降もよく柚子さんを見掛けてたんだ」

「そうなんですね。あ、でも講義もいくつか被ってる事ありましたよね。左澤くん達目立つから私も見てましたよ」


 そう顔が良くていつも一緒の二人だから左(・)右(・)として認識してました、なんて言えるわけもないけれど。


「ありがとう。でも、俺の場合はちょっと違うって言うか……去年の終わりくらいに、見掛けてたんじゃなくて目で追ってた事に気付いたって言うか……」


 目で、追ってる?

 この表現がされるとき、どんな感情なのかわからない私ではない。

 これは全く予想してなかったパターンだ。


「でも、話しかけるタイミングって中々なくてさ。そんな時、たまたま居酒屋で柚子さん見掛けて、今しかないって思って。結果としては、介抱するつもりが、いつもと雰囲気が違う柚子さんが、その、可愛くて我慢できなかったと言うか……本当にごめん」

「あ、いえ、その事であれば酔ってたのはお互い様ってことで」

「だとしても、俺は違う気持ちあったし、勘違いされたくないと言うか……だから、まずは……」


 この手の話が苦手だ。私の気持ちを伝えたときに相手が悲しそうな顔をするのが、苦手だから。


「まずは……友達になって下さい!」

「ごめっ……えっ?えっと、友達?」

「そう、おともだち!」


 おともだち。

 予想していた内容と違って少し安心したのも束の間、この場合のお友達の定義について考えなければならない。だって、私たちは昨晩致してるのだ。


「左澤くんのいうお友達って……この場合は、その……セフ」

「違う!!! なんでそうなるんだよっ、今の話の流れそうじゃなかったよね?!」


 意外にも頬を染め焦っている。よく見掛けてた余裕ある笑顔でない表情。片手で口元を隠し表情を誤魔化しているけれど、誤魔化しきれていない。


「あーもう、クソかっこわりぃ……。ごめん、余裕なくて。えっと、そうじゃなくて……俺は柚子さんの事が好きです。だから本当は付き合っ」

「ごめなさ――」

「待って! まだそれ言わないで! ちゃんと最後まで話聞いて!」


 さっきから表情がコロコロ変わっている。

 驚いたり落ち込んだり焦ったり必死になったり……表情が豊かな人だなって思ってたけど予想以上かもしれない。


「本当は付き合ってほしいけど、柚子さんにとって俺ってさっきまでは名前すら知らない男だったわけだし、でもチャンスは逃したくないから……まずはちゃんとした友達から! 昨日の事は一旦忘れて、俺の事知って欲しい」


 彼氏でなく、友達。それであれば、断る理由はない、けれど好意があると知ってどう接したらいいのか私にはわからない。


「友達なら大丈夫です。でも、その……好意を持ってくれてるって前提なのは……どう接していいのかわからないので困るというか……」

「そんなの気にしないで! 俺が勝手に頑張るだけだし。それこそ、よく一緒にいる谷中さんと同じように接してもらえればいいし。嫌なときは嫌ってはっきり言って欲しいし」

「わかりました」


 そこまで伝えると、左澤くんは大きく息を吐き「よかったー」と笑顔になった。それは講堂で見掛けていたような余裕のあるものでなく、少し眉が下がったような笑顔だ。

 本当に表情がコロコロ変わる。思わず私までつられて笑顔になる。


「やーっと笑ってくれた。ずっと表情固かったから、もうダメかと思ってたよ。柚子さんの笑顔好きなのに」

「へっ!?」

「あ、また戻った。友達だけど意識はしてもらえるように頑張るからよろしくね。あ、あと敬語もなしね!」


 これはとても心臓に悪い友達ができてしまったのかもしれない。まあもう今さらなにも言えないけれど、比奈にまた揶揄われるのは確定だろう。一旦ふぅっと息を吐いた。

 彼の本題はこれにて終了なのだろう、でも私の本題はまだなにも解決していない。ここに比奈がいたら「あんたぶれないね」と言われるだろうけど、それでいいのだ。


「じゃあ、遠慮なく話すけど……私の忘れ物、返して欲しい。あと、きっと中見たと思うけど……もう今さらだから隠さず言うよ? あれ私の趣味だよ。左澤くんが思う普通の女の子とは違うと思うけど、こんな私で友達大丈夫?」

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