第九十六章 裂け目
隠れ家の薄暗い部屋に、緊張が張り詰めていた。
端末を閉じた仲間は、強張った顔で少年を見据える。
「ここで手を引くべきだ。……もう十分だろう」
低い声には苛立ちが混じっていた。
少年は椅子の背に寄りかかりながら、首を横に振った。
「まだ終わってない。……高宮が残したログ、あれは“途中”で切れてる。転送先のサーバはまだ残ってるかもしれない」
「お前、正気か? 今は逃げるのが先だ。サイレンを聞いてないのか? あの施設から追手が動いてる。隠れ家だってすぐに割れる」
仲間の声は現実的だった。
だが、少年の目には焦燥と決意が宿っていた。
「逃げたって、何も変わらない。高宮の言葉を読んだだろ? “拒絶者が必要”って……それが俺のことなら、ここで止まるわけにはいかない」
「だから人柱になるってのか!」
仲間の拳が机を叩いた。
古びた木が鈍い音を立てる。
沈黙が落ちる。
少年は肩で息をしながら視線を逸らし、窓の外にかすかな青い閃光を見た。
警備ドローンのサーチライトが、じわじわと近づいてきている。
「……俺は、追及する」
少年が静かに言った。
「高宮が何を仕込んだのか、最後まで確かめなきゃならない。でなきゃ全部、意味がない」
仲間は唇を噛み、拳を握り締めた。
「……逃げる選択肢は、ないのか」
「ない」
少年の答えは短く、しかし揺るぎなかった。
外のサイレン音が重低音を増していく。
撤退と追及――その間で、二人の溝はますます深くなっていった。




