第九十四章 制御の試み
雑居ビルの一室。
埃を払った机の上に、古びた携帯端末が置かれた。画面は暗く、ただ待機の光が青白く点滅している。
少年は震える手で端末を掴み、スイッチを入れた。
「ログイン・キーを……」
仲間が差し出したのは、小型の金属プレートだった。裏面には擦り減った刻印。
端末の差込口にプレートを滑り込ませると、低い電子音が鳴った。
画面に黒地のコードが流れ出す。
≪SUBSYSTEM: MIND-ANCHOR PROTOCOL≫
≪制御補助モジュール 起動準備完了≫
頭の奥が急に熱を持ち始めた。
――繋がった。
端末の信号が脳に直接侵入してくる。
痛みではなく、圧迫に近い感覚。脳の隅に無理やり楔を打ち込まれるようだった。
「やめろ、負荷が強すぎる」
仲間の声が届いたが、少年は首を振った。
「……ここで抑えなきゃ、また……暴走する」
画面に次々と制御パラメータが表示される。
【感情波形同期】
【記憶断片隔離】
【残滓プロセス優先度=高】
文字を追うだけで、頭の奥がかき乱される。
“残滓”は抵抗していた。自分が押し込められることを拒むように、強烈な幻覚を送り込んでくる。
――培養槽の中の映像。
――複製された顔。
――「お前の本当の名前」の断片。
少年は歯を食いしばり、入力欄に指を走らせた。
PRIORITY: OVERRIDE // LOCK: ACTIVE
画面が赤に切り替わる。
≪残滓制御シーケンス開始≫
瞬間、頭の中に轟音が響いた。
鼓膜ではなく、脳の内側で鳴り響く電子ノイズ。
全身が震え、血管が裂けるような錯覚に襲われる。
仲間が肩を掴んだ。
「持て! 意識を飛ばすな!」
少年は必死に息を吐き、指を押し込んだ。
最後のコマンドラインが確定される。
ANCHOR: SET // PROCESS: CONTAIN
画面が沈黙し、ただ一行の表示が残った。
≪残滓封じ込め 一時成功≫
少年は机に崩れ落ち、荒い息を繰り返す。
残滓は消えてはいない。ただ厚いガラスの向こうに押し込められたような感覚。
だが、今は――自分の中に空白が戻ってきていた。
「……一時、か」
少年は呟き、乾いた笑いを漏らした。




