第九十三章 潜伏
市街地の外れ、工事中断で放棄された雑居ビル。
シャッターの隙間から押し入ると、埃と鉄錆の匂いが鼻を刺した。
仲間はすぐに周囲を確認し、割れた窓に遮光布をかける。
「ここならしばらくは追っ手に気付かれない。だが長居はできん」
声は低いが、手際は慣れていた。明らかに事前に調べていた潜伏先だ。
少年はその場に座り込み、荒く息をついた。
頭の中で、残滓がまだ蠢いている。
映像の断片。声。感情の渦。
「……俺は、何なんだ……」
視界が歪み、現実が薄膜のように揺れる。
ビルの壁の錆びた模様が、ふと「培養槽の配管」に見えてしまう。
自分がまだ施設に囚われているかのように。
「おい」
仲間が水の入ったボトルを差し出す。
「飲め。意識を繋ぎ止めろ」
冷たい水が喉を通る感覚が、わずかに現実へ引き戻した。
「……残滓が、まだ……」
少年の声は震えていた。
仲間はしばし黙って見つめ、それから低く答えた。
「消えはしないだろう。お前に仕込まれたものは、そういう代物だ」
短い沈黙。
その後、仲間は鞄を開け、中から古びた携帯端末を取り出す。
「だが制御はできる。方法を残した奴がいる」
画面には、暗号化されたログイン画面が浮かんでいた。
それは、高宮が残した“別の計画”に繋がるものかもしれなかった。
少年は額を押さえながら、揺れる意識の奥で思った。
――もしこれを使えば、残滓を封じ込められるのか。
――それとも、完全に飲み込まれるのか。
窓の外では、遠くサイレンがまだ響いていた。
隠れ家の薄暗い空気の中で、彼は初めて静かに自分の恐怖と向き合うことを強いられていた。




