第九十二章 逃走
排気ダクトを抜け、外気を吸い込んだのも束の間だった。
遠方から重低音が響く。施設の外周を巡回していた警備車両が、警報を受けて収束してくるのだ。
「まだ追ってくるか……!」
仲間が肩から提げた短機関銃を点検しながら吐き捨てる。
少年は立ち上がろうとした瞬間、再び視界が波打った。
――ノイズ。断片的な映像。母体の声。
「……やめろ……!」
頭を振るが、残滓は執拗に食い込んでくる。
仲間が肩を支える。
「おい、しっかりしろ! ここで立てなくなったら終わりだ!」
強い力で引き起こされ、半ば引きずられるように走り出す。
現実的な逃走経路は一つしかなかった。
施設外縁を走る旧メンテナンス道路――今は使われていないが、車両用ゲートに繋がっている。
そこまで辿り着けば、事前に潜ませておいたバイクに合流できる算段だった。
しかし、曲がり角でサーチライトが照らされる。
「動くな!」
自動小銃を構えた警備兵が二人。
仲間が即座に反応した。
乾いた連射音が夜を裂き、敵の照明が弾け飛ぶ。
「走れ!」
少年は全力で駆ける。だが、肺は焼けるように苦しく、頭の中では再び残滓が疼き始めていた。
――器になれ。
その言葉が、足をもつれさせる。
「落ちるな! 現実を見ろ!」
背後からの怒声で我に返る。
仲間の腕が肩に回され、強引に速度を合わせられる。
ゲートが見えた瞬間、別方向からも車両のライトが迫ってきた。
「まずい、挟まれる!」
仲間は短く判断する。
「非常遮断柱を狙う。お前は目を閉じて走れ!」
爆裂音。金属柱が倒れ、進路を塞いでいたゲートが歪んで隙間を生じる。
二人はそこを無理やり潜り抜け、闇に置かれたバイクに飛び乗った。
エンジンが唸り、後方からの銃撃が火花を散らす。
「掴まってろ!」
仲間が叫ぶ。
少年は震える手で必死に背中へしがみつく。
残滓はまだ頭の奥で蠢いている。
だが、今はただ――風を切り裂く振動と、現実の轟音だけが彼をこの場につなぎとめていた。




