第九十一章 残滓
地上に這い出た少年は、夜風を浴びた瞬間に膝から崩れ落ちた。
「っ……!」
両手で頭を抱える。脳の奥で、焼け付くような痛みが走る。
端末機能の残滓――それは明確なプログラムではなく、強制的に書き込まれた回路の「痕跡」だった。
神経網に残った異常な電気信号が断続的に発火し、視界を白く弾けさせる。
鼓膜の奥で、電子的なノイズがひたすらループする。
「おい! 大丈夫か!」
仲間が少年を地面に仰向けに寝かせる。
技術者がポケットから小型の心電計を取り出し、胸部に貼り付ける。
「脈が速すぎる……完全に自律神経が乱されてる」
額に汗を滲ませながら解析員が声を絞る。
少年は必死に呼吸を整えようとするが、肺は自分の意思を拒むかのように痙攣する。
視界の端に、断片的な映像が差し込む。――培養槽、血のような液体、母体の声。
「やめろ……俺は……」
かすれ声で呟く。
仲間は冷静に、現実的な手順を踏む。
「まず呼吸を整えさせろ。鼻から吸わせて、口からゆっくり吐かせるんだ」
解析員が膝をつき、少年の胸に手を当てて呼吸のリズムを誘導する。
しかし次の瞬間、少年の身体が硬直し、筋肉が痙攣した。
「てんかん発作に近い……! 脳波が乱れてる」
技術者が叫ぶ。
解析員は少年の口にタオルを差し込み、舌を噛まないようにする。
「持ちこたえろ! これはもう、お前自身との戦いだ!」
声は必死だが、冷静さを保とうとしていた。
少年の意識は白く霞む。
「――器になれ」
残滓の声が脳裏で木霊する。
そのたびに神経が焼け付き、記憶が削がれるような感覚に襲われる。
だが、ふと仲間の声が差し込んだ。
「お前はここにいる。現実に戻れ!」
握られた手の温度が、幻覚を突き破った。
少年は必死に自分の呼吸を思い出す。
吸って、吐く。
また吸って、吐く。
激しい痙攣は次第に弱まり、脈拍もゆっくりと落ち着いていく。
ノイズは消えずに残っている。それでも、声を上げることができた。
「……まだ、俺は……ここにいる」
仲間たちは互いに顔を見合わせ、短く頷いた。
端末の残滓は消えてはいない。だが、少年は「支配」ではなく「共存」の段階に踏みとどまった。
完全復帰――それは、技術でも奇跡でもなく、ただ己の肉体と仲間の現実的な介入によって成し遂げられたものだった。




