第八十二章 残滓の声
意識が千切れそうなほどに揺らぎ、床に倒れ込む寸前――。
頭蓋の奥で、低いノイズ混じりの囁きが響いた。
それは、かつて崩壊したはずの「母体システム」の残骸。
だが、完全には消え去っていなかった。
〈被験体 #07――聴け。拒絶は無意味〉
「……やめろ……俺に話しかけるな……!」
耳を塞いでも、その声は脳内に直接刺さり込む。
〈お前は設計された。偶然ではなく、必然として〉
〈人間という殻を捨て、記録と使命に還元されよ〉
その一言ごとに、自分の「人間である証明」が削ぎ落とされる。
胸の奥に空洞が広がり、呼吸が浅くなる。
「俺は……人間だ……!」
必死に言葉を吐き出すが、声が震えて説得力を持たない。
母体の残滓は、次第に優しい口調に変わった。
まるで母親が幼子をあやすように。
〈苦しまなくていい。お前はすでに“器”なのだから〉
〈感情も記憶も、使命を遂行するための副産物に過ぎない〉
その甘美で冷たい響きが、彼の精神を絡め取っていく。
視界が暗転し、記憶の奥底――深層に潜っていくような感覚。
(俺は……ただの器……? 俺の記憶は……借り物……?)
自己否定の奈落に足を踏み入れたその時、残滓は決定的な言葉を囁いた。
〈“お前の名前”すら計画の一部だった〉
「……なに……?」
心臓が止まったように感じた。
自分が“名前”すら与えられた存在に過ぎない――その可能性。
少年の精神は、完全な崩壊の瀬戸際へ追い詰められていた。




