第七章 対立の芽
少年が十歳を迎える頃には、その言葉遣いや態度にはっきりとした変化が現れていた。無邪気な好奇心は残りながらも、自我が強く主張し始め、反抗の色を帯びてきたのだ。
「どうして、外に出ちゃいけないの?」
ある夕食時、少年は唐突に問いかけた。
「学校に行ってる友だちみたいに、ぼくも外で遊びたい」
高宮の箸が止まった。心臓がひとつ脈打つたびに、過去の記憶が甦る。廊下で仲間外れにされ、机に落書きをされ、外の世界が自分を拒んでいたあの日々。
「お前にはまだ早い」
「なんで?もう十歳だよ」
「……ここで学ぶことがたくさんある」
少年は不満げに口を尖らせ、椅子をきしませながら黙り込んだ。その横顔を見て、高宮は背筋を冷たいものが走るのを感じた。――その仕草は、かつて自分を嘲笑し、教師の目を盗んで悪事を働いた“彼”とまったく同じだった。
数日後、事件が起きた。
実験室の扉が半開きになっており、中に置かれていた器具のひとつが動かされていた。小型の監視カメラを確認すると、少年が夜中に忍び込み、奇妙な装置を触っている映像が残っていた。
「これは何?拷問器具みたい」
モニター越しの少年の呟きに、高宮は全身が凍りついた。計画の一端に触れられたのだ。
翌朝、彼は少年を呼びつけた。
「昨夜、実験室に入ったな」
少年は一瞬ためらったが、すぐに開き直るように言った。
「だって、気になったんだ。パパ、いつもあそこで何してるの?」
「二度と勝手に入るな」
「どうして隠すの?ぼくに秘密があるの?」
高宮の胸に怒りと恐怖が入り混じった。声を荒げそうになるのを必死で抑え、低い声で告げた。
「お前は私の言うことを聞けばいい。理由を求めるな」
その瞬間、少年の瞳が鋭く光った。怯えるどころか、挑むような色を帯びていた。
「……じゃあ、ぼくはパパの人形なの?」
沈黙。
部屋の空気が一気に重く沈んだ。
高宮は震える手でグラスを握りしめた。少年の言葉は、かつてのいじめっ子が放った残酷な一言と同じ響きを持っていた。「お前なんて人形だ」と笑われたあの記憶が、鮮明に蘇る。
「黙れ」
かすれた声が口から漏れる。
「お前は私の……」
言葉が続かなかった。
少年は少しも引かず、逆に椅子に深く腰かけて言い放った。
「パパは、ぼくを愛してるの?それとも、ただ命令を聞かせたいだけ?」
胸の奥で何かが崩れる音がした。高宮は答えられず、ただ視線をそらした。
その夜、彼は寝室でひとり震えていた。少年が見せた反抗は単なる成長の証か、それとも“彼”の性質が再現され始めた兆候なのか。どちらにせよ、このままでは計画が崩れる。制御を失えば、少年は危険な存在になる。
――支配しなければならない。
――感情ではなく、計画を優先するのだ。
そう言い聞かせても、昼間の少年の瞳が頭から離れなかった。挑発的で、憎らしいはずなのに、どこか哀しげでもあった。
ベッドサイドに置かれた研究ノートを開き、彼は震える字で書き記した。
――「対象が私に疑念を抱き始めている。感情の制御が難しい」
――「今後、関係性の管理が必要」
――「しかし……愛情の有無を問われ、私は答えられなかった」
ペン先が止まり、しばし白紙を見つめる。やがて、紙の余白に掠れた文字が並んだ。
――私は父なのか、支配者なのか。
返答を見つけられぬまま、夜は深く沈んでいった。




