表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影を継ぐもの  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/350

第六章 重なる影



 六歳になった少年は、もはや幼児ではなく、小さな人格を持った「子ども」としての輪郭をはっきりと見せ始めていた。読み書きを一通り覚え、簡単な計算もできる。高宮が用意した教材を貪欲に吸収し、ときに自ら質問を投げかけてくる。


 「ねえ、どうして人は死ぬの?」

 「どうして悪いことをしてはいけないの?」


 純粋な疑問のはずなのに、その問いかけは高宮の胸に鋭い刃を突き立てる。彼は答えを返すたびに、かつての中学時代の光景を思い出す。自分を取り囲み、からかい、机に落書きをした連中。とりわけ、あのリーダー格の少年――憎悪の対象が、彼の脳裏で鮮明に蘇るのだった。


 その顔と、目の前の少年の成長した顔が、少しずつ重なっていく。


 ある日、少年は庭に出て、虫取り網を振り回しながら笑った。その笑い声に高宮は凍りついた。あの声は、まさしくかつて自分を嘲笑した「彼」と同じ響きを持っていたからだ。


 「……やめろ」

 思わず口をついて出た。少年は首をかしげる。

 「どうして?ぼく、ただ笑ってるだけなのに」


 高宮はその場から逃げるように部屋へ戻り、机に向かって頭を抱えた。復讐のために育てているはずなのに、日常の些細な所作が過去を抉り出す。まるで記憶の亡霊が目の前で再生しているかのようだった。


 夜、酒をあおりながら、彼は研究ノートに乱雑な文字を書き殴った。


 ――復讐か、情か。どちらに傾いている?

 ――この計画は正しいのか?

 ――私は何を望んでいる?


 ページは問いで埋め尽くされ、答えはどこにもなかった。


 少年は知恵と同時に狡さも身につけ始めていた。棚に隠していた菓子を勝手に食べ、問いただすと素知らぬ顔で首を振る。だが口元に残るチョコレートの跡が、嘘を暴いていた。


 「お前、食べただろう」

 「ちがうよ」

 「証拠は残っている」

 「……ごめんなさい」


 その一部始終に、高宮は強烈な既視感を覚えた。嘘をついて追い詰められたときの表情。それは過去の“いじめっ子”の典型だった。


 ――やはり血は嘘をつかないのか。

 いや、これは遺伝子に刻まれた性質なのか。


 答えを探そうとすればするほど、思考は絡み合い、抜け出せなくなっていった。


 七歳のある夜、少年は突然、こんなことを言った。

 「パパ、ぼくはパパに似てるの?」


 高宮の手が止まった。

 「なぜ、そんなことを聞く」

 「だって、鏡を見ると……ときどき、知らない人みたいに見えるんだ」


 その言葉に、高宮は息をのんだ。無意識のうちに少年は、自分が「誰かの影」として存在していることを直感しているのかもしれない。


 「お前は……お前自身だ」

 とっさにそう答えたが、その声には迷いがにじんでいた。


 少年は笑顔を返した。だが、その笑顔がまた、過去の記憶を呼び覚ます。廊下で背中を押され、机に押し込められ、笑い声に包まれたあの日々。高宮は胸を締めつけられ、呼吸が浅くなった。


 ――この存在は、私の救いか、破滅か。


 その夜、高宮はベッドに横たわりながら、自分が進めている計画の先に何が待っているのかを考えた。クローン少年は成長を続ける。その成長は過去の再現でもあり、未来の脅威でもある。


 彼は目を閉じながら思った。


 ――やがて私は、復讐を果たす時を迎える。

 ――だがその時、私は彼をただの「標的」と見なせるのか。


 答えは闇に溶け、眠りは浅く途切れ途切れだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ