第七十章 記録の投影
虚無の戦場に亀裂が走ったかと思うと、次の瞬間、周囲が一変した。
灰色の世界は消え去り、代わりに無数の映像パネルが空間全体を覆い尽くす。
どれもが都市の断片を切り取った記録だった。
廃墟になった街路。
瓦礫の下で泣く子供。
医師らしき人物が淡々とメスを動かす映像。
巨大な培養槽の列に浮かぶ人影。
「……これは」
《都市の正史――アダム計画の基盤となった記録》
影の声が虚空に響く。
パネルの一つが拡大される。
白衣の男たちが議事室に集まり、硬い表情で議論している。
字幕のように文字が流れる。
《人口減少に伴う労働力の欠如》
《戦争後の国家統治の空白》
《完全なる統制個体の必要性》
その言葉に続いて、別の映像が現れる。
クローン胚が整然と並ぶラボ。
赤子の泣き声。
そして、番号を刻印された幼児たちが、無表情の大人に導かれて歩いていく。
少年の胸が締め付けられる。
「……これは、人間じゃなく、ただの部品として……」
《否定は許されない。秩序を維持するためには犠牲が不可欠だ》
影は冷たく告げる。
さらに別の映像が切り替わる。
そこには「アダム-01」と呼ばれる存在が誕生する瞬間が記録されていた。
培養槽の中で眼を開いた彼は、周囲の技術者を見渡し、ただ一言、口を開く。
――「命令を」
会議室の拍手。
「これこそが人類の救済だ」という文字。
やがて、その背後に浮かぶ計画の名。
《ADAM PROJECT》
影の声が重なった。
《お前もまた、その計画の一部にすぎない》
その瞬間、映像が急激に乱れた。
ノイズが走り、赤黒い警告が画面を覆う。
《記録改ざん検知》
《真実は……まだ隠されている》
パネルが次々と爆ぜ、光の破片が降り注ぐ。
残った一枚の映像だけが、少年の目の前に浮かんだ。
そこには――「自分自身」に酷似した幼児が、透明な培養槽に浮かんでいた。
「……俺も、アダム計画の……?」
声が掠れ、喉の奥で消えた。
影はただ黙って、冷たい眼差しで少年を見返していた。




