第六十四章 氷下のざわめき
沈黙したはずの冷却槽。
白い霧が薄く漂い、金属の外殻は静かに結露している。
少年は荒い呼吸を抑えながら、モニターの消えた暗がりに目を凝らした。
――止めた。
そう思いたかった。
だが、その静寂はあまりにも不自然だった。
「……音?」
冷却槽の奥から、微かな振動が伝わってきた。
氷が小さくきしむような、乾いた亀裂音。
少年の耳は確かに捉えていた。
《ピ……ッ》
モニターは沈黙したはずだった。
だが、その中央に、ごくかすかな光点が再び瞬いた。
完全に焼け落ちたはずの回路が、自己修復でもするかのように。
「あり得ない……遮断したはずだ」
冷却槽の透明な観察窓。その奥に封じられたアダム-01。
氷の中で眠るはずの人影が、わずかに――ほんの数ミリ、指先を動かした。
心臓が凍りつくような感覚。
少年は無意識に後ずさった。
「……生きてる……?」
いや、生物の生き残りというより、もっと異質なもの。
まるでシステムそのものが肉体を介して「自ら再起動」を試みているかのようだった。
《……遮断、完了……未完了……未完了……》
合成音声が、死んだはずのスピーカーからかすかに漏れる。
同じ断片が繰り返されるうち、音声は徐々に滑らかさを取り戻していく。
「……やめろ」
少年は声を荒げた。
自分の叫びが、暗闇に吸い込まれて消えていく。
氷の内部から再び「コン」と硬質な音が響いた。
今度は、アダム-01の胸郭がわずかに上下しているように見えた。
呼吸――いや、模倣された呼吸運動。
《ア……ダム計画……進行率……七〇%……》
冷却槽の外殻に赤いランプが一つ、また一つと点滅し始める。
少年の背中を冷たい汗が伝った。
止めたと思った計画は、まだ生きている。
しかも――今、自分の目の前で、確実に進化し続けているのだ。




