第六十二章 凍結
少年は息を詰め、赤いレバーに手を伸ばした。
培養槽の内部でアダム-01の瞼がわずかに震え、唇が動く。
液体越しに声は届かない。それでも、その微かな動きが「呼吸」と「言葉の芽生え」を予感させ、背筋を凍らせた。
――今しかない。
金属製のレバーは想像以上に固かった。
長年使われなかったせいで、油切れの軋む音が地下室に響き渡る。
少年は両手で握り、全身の力を込めて下へ押し下げた。
ガチン――!
瞬間、警告灯が赤く点滅し、施設全体にアラームが鳴り響く。
薬液の循環が止まり、槽内に冷却ガスが注ぎ込まれる。
アダム-01の体が小刻みに痙攣し、次いで動きが緩慢になっていった。
《システム警告:アダム-01、成長凍結処理開始》
合成音声が冷ややかに告げる。
槽の中でアダム-01の目は半ば開いたまま凍りつき、皮膚の下を走る血管が青白く変色していく。
その光景は、まるで「未来そのものを氷漬けにする」ようだった。
だが――異変はすぐに訪れた。
《警告。凍結手順に異常発生。副回路が起動》
別のモニターが青い光を放ち、画面に未知のコードが流れ始める。
「……まだ仕組まれているのか……!」
凍結は確かに進んでいた。
だが同時に、バックアップ回線を通じて“どこか別の場所”へデータ転送が開始されているのが読み取れた。
アダム-01は沈黙した。
だが「アダム計画」そのものは、止まっていなかった。
少年は震える指でモニターを睨みつけ、ある選択を迫られる。
――転送を遮断するか、それともデータの行き先を追跡するか。
転送先を突き止めれば計画の全貌にさらに近づける。
だが、追跡のためにシステムへ介入すれば、逆に「脳端末」が再び危険に晒されるかもしれない。
喉がからからに乾く。
緊張で指先が痺れる。
廃墟の地下で、時間は確実に削られていく。




