第六十一章 封鎖区画
少年は夜明け前の工業地帯に立っていた。
K区――地図にもほとんど載らない、半ば廃墟となった港湾エリア。
周囲は錆びついたフェンスと立入禁止の看板に囲まれ、外から見れば単なる放置施設にしか見えない。
しかし端末データに刻まれていた座標は、確かにこの区画の奥を示していた。
第七封鎖区画。
そこには監視カメラの死角がいくつもあり、フェンスも部分的に切断された跡があった。
――誰かが、いまも出入りしている。
少年は背筋に冷たいものを感じながら、身を低くしてフェンスをくぐり抜ける。
錆の匂いと油の臭気が混ざり合った空気が肺に刺さった。
足元には割れたガラス、散乱する古い器材。だが廃墟に似つかわしくない最新型のセンサーが壁に埋め込まれている。
「……隠蔽工作か」
内部に進むほど、ただの廃墟ではないことが明らかになった。
地下へ降りる通路は、鉄板で補強され、電子錠で閉ざされている。
だが、端末に残されたコードを入力すると、錠が静かに解除された。
――高宮は自分が死んでも、誰かがここに来ることを前提にしていた。
薄暗い通路を進むと、奥から低いモーター音が響いてくる。
停電しているはずの区画で、まだ何かが稼働している。
そして、開け放たれた部屋の中央。
巨大なガラスの培養槽の中で――アダム-01が眠っていた。
未成熟ながらも人間そのものの形をしている。
白い皮膚は無傷で、神経接続用のチューブが何本も体に刺さっている。
それはただの肉体ではなく、徹底的に管理され、目的に沿って造られた「標本」だった。
少年の胸が高鳴る。
「……これが……」
次の瞬間、機械音声が低く響いた。
《警告。アダム-01、覚醒準備段階に移行》
ガラスの内側で、ゆっくりと瞼が動いた。
少年は一歩後ずさる。
施設の崩壊で母体システムは死んだはずだ――だが別回線が稼働していたのか。
アダム-01の胸が上下し、指先がわずかに動いた。
少年は直感した。
――これはまだ止められる。だが、躊躇すれば完全に目覚めてしまう。
培養槽の横には緊急停止用のパネルが設置されていた。
赤いレバーを下げれば、薬液の供給が絶たれ、成長は凍結される。
だが同時に、別の選択肢があった。
――あえて覚醒を見届け、その存在から直接「計画の真実」を引き出す。
喉が乾く。
背中を伝う汗が冷たい。
現実の空気の中で、決断は一瞬の遅れも許されなかった。




