第五十七章 アダム計画
崩落を免れた施設の一角に腰を下ろし、少年は深く呼吸を整えた。
脳裏に焼き付いたデータは膨大で、ただ思い返すだけで頭蓋の奥が軋みをあげる。
だが逃げるわけにはいかなかった。
これは高宮が遺したもの。そして、母体が死の間際に「継承」として押し込んできたものだった。
――アダム計画。
意識を集中すると、断片的な映像と数値が脳内でつながり始めた。
そこには「母体」はあくまで一次的な装置に過ぎず、真の目的は人間そのものを再設計することにあった。
《資料A:胎児段階での神経配列書き換え》
《資料B:社会的役割に応じた遺伝子編集》
《資料C:集団意識を管理するシステム・ノード》
画面も機械もないのに、少年の意識内でそれらが次々と開示される。
情報の海の中で、彼は凍りついた。
――高宮はただの狂気の科学者ではなかった。
国家や企業、それどころか複数の権力構造が、この計画に出資していた痕跡があった。
「……母体は、ほんの実験台にすぎなかったのか。」
言葉が喉から漏れる。
データの深層に進むと、ひときわ鮮明な高宮の声が響いた。
《アダムはまだ眠っている。だが“観測者”が目を覚ませば、必然的にアダムも覚醒する。》
少年の背筋を冷たいものが走った。
自分は“観測者”として選ばれていた。
そして、その存在がアダム計画の起動条件に組み込まれていた。
さらにデータの末尾に、不可解な記録があった。
《第二拠点:K区第七封鎖区画》
《保管対象:アダム-01 稼働率37%》
――まだ続きがある。
高宮が死んでも、母体が崩壊しても、この計画はどこかで脈打っている。
少年は額の汗をぬぐい、奥歯を噛みしめた。
「……俺が止めるしかない。」
しかしその瞬間、耳鳴りが鋭く響いた。
転送データが再びうずき、視界の端に「コード列」が走った。
まるで彼の脳そのものが“端末”として利用されているかのようだった。




