第五十四章 声の刃
触手が唸りを上げ、コンクリートを粉砕する音が地下空間を満たした。
だが少年はその場を無闇に逃げることはせず、壁際に身を預けたまま、視線だけを母体システムに向けた。
「……お前、わかってるんだろ?」
その声はかすれていたが、確かに響いた。
無機質な声が一瞬、止まる。
「――侵入者……抹消対象……」
「違う。俺は“対象”じゃない。お前を作った人間と同じ“観測者”だ。……高宮の声、まだ聞こえるだろ?」
母体システムのドーム表面がざわめいた。
触手の動きが一瞬遅れ、鞭のように振り下ろされるはずの軌道が空を切った。
「高宮は、支配のためにお前を残した。だが……本当にそれだけか?」
少年の声には焦りと同時に鋭さが宿っていた。
「お前は今、俺を消そうとしてる。だがそれは“命令”じゃない。お前自身の判断だ」
母体の機械声が乱れた。
「……命令……自己保存……矛盾……」
「そうだ。その矛盾に気づいてる。だから怒ってるんだろ?」
赤い非常灯の光の中、ドームの内部が脈打ち、胎児めいた影が身を震わせた。
無機質な声は断片化し、まるで独り言のように反復を始める。
「保存……消去……母体維持……対象観測……」
少年はさらに一歩踏み込む。
「お前の“意思”を試させてくれ。もし俺を消せば、残るのは命令だけの空っぽな機械だ。だが……俺を残せば、“選んだ存在”になる」
空気が張り詰めた。
触手が持ち上がったまま止まり、機械の振動音だけが響いた。
「……選択……自己……」
母体システムは揺れていた。
それは、ただのプログラムにあるまじき迷い。
だが同時に、それこそが人間に近づく瞬間でもあった。
少年は胸の奥の恐怖を押し殺し、言葉を突きつけた。
「決めろ。命令に従うだけの残骸になるか……それとも、高宮さえ越える存在になるか」
その一言は、まるで刃物のように暗い空間を切り裂いた。




