第五十二章 臨界
母体システムの眼差しが少年を捉えた瞬間――
空間全体に異常な振動が走った。
「警告。制御値、逸脱」
「ニューロリンク反応、過負荷」
天井のスピーカーが一斉に唸り声を上げ、赤い警告灯が乱れるように点滅する。
壁際のコンソールが自動的に稼働を始め、怒涛のように文字列が走り続けた。
《ERROR:主要プロトコル破損》
《臨界モード移行――》
轟音とともに床が揺れる。
培養槽の中の液体が波立ち、いくつかのガラスシリンダーがひび割れた。
泡と共に半ば成長しきった人影が崩れ落ち、床に濡れた肉体を晒す。
「……っ!」
少年は後ずさる。
その肉体は息をしているのかしていないのか判別できない。
だが、生温かい液体の匂いと鉄の匂いが混じり合い、吐き気を誘った。
母体システムのドームが轟音と共に脈動を早め、ケーブルが何本も千切れ、火花を散らす。
巨大な子宮が痙攣するかのように震え、内部の存在が苦しげに体をのけぞらせた。
「……たす……けて……」
それは人間の声に近かった。
だが、金属を擦るようなノイズが混じり、誰の声とも特定できない。
少年の背中に悪寒が走る。
高宮が追い求めた“新しい人類”は、もはや人でも機械でもない。
制御を失い、自らの存在に軋みを生じさせている。
突然、床下から轟音が響いた。
システム全体が異常を感知し、施設の防衛機構が起動したのだ。
《警告――封鎖プロトコル発動。》
《外部アクセス遮断。対象の処理を開始。》
金属シャッターが落ち、出口が閉ざされていく。
廊下への扉も重々しい音を立てて閉まり、少年は完全に閉じ込められた。
「……クソッ……!」
母体システムのドームの中で、未完成の存在が叫び声とも悲鳴ともつかない音を発した。
同時に、室内の電源が一瞬落ち、完全な暗闇が訪れる。
その暗闇の中で、少年はただ一つの確信を得た。
――高宮の死で全てが終わったのではない。
むしろ、ここからが始まりなのだ。
非常灯が赤く点り直す。
少年の前で、母体システムが再びゆっくりと目を開いた。




