第五十一章 母体システム
赤い警告灯の点滅が、冷たいコンクリートの廊下を脈打つ心臓のように照らし出していた。
少年は息を整え、静かに扉の先へ足を踏み入れる。
背後で扉が自動的に閉じ、重い金属音が響いた。
――逃げ道は塞がれた。
だが、後戻りを考える余地はない。
施設の奥、そこにこそ高宮が生涯をかけて隠し続けた「本当の答え」がある。
通路はやがて広大な空間に開けた。
そこには複数の培養槽が整然と並び、青白い液体の中で無数の影が浮かんでいる。
だが先ほどの未成熟なクローンとは異なり――ここに沈む影は、胎児のように小さなものから、ほとんど大人に近い人影まで、段階的に成長過程が揃えられていた。
「……世代を跨ぐ、進化の実験……」
思わず漏れた言葉に、自ら戦慄する。
これは単なる「コピー」ではない。
まるで系譜を受け継ぐように、改良と淘汰を繰り返し、最適化された「新しい人間」を生み出そうとしていた。
室内の中央に、他とは一線を画す巨大な装置がそびえていた。
半球状の透明なドーム。その内部には、無数のケーブルと培養液が絡み合い、まるで巨大な子宮のように鼓動している。
その基盤に刻まれた文字が、少年の目に飛び込む。
《MOTHER SYSTEM》
――母体システム。
ドームの内部には一体の存在が浮かんでいた。
外見はまだ未完成の人間のようでありながら、頭部には脳を補助するかのような金属フレームが取り付けられている。
それは「人」でありながら「機械」であり、両者の境界を曖昧にする異様な存在だった。
その瞬間、室内のスピーカーから低く響く声が流れ出した。
機械の合成音でありながら、どこか高宮の声色を思わせる。
《アクセス確認――対象、生存。条件一致。》
《次段階プロトコルを開始する。》
警告灯がさらに強まり、母体システムがゆっくりと脈動を増していく。
液体の中の「存在」が、かすかに指を動かした。
「……まだ、生きてるのか……?」
少年の喉が渇き、冷や汗が背を伝う。
高宮が残した“最後の答え”は、死者ではなく、新たに生まれようとする存在そのものだった。
母体システムの中央で、未完成の目がうっすらと開いた。
その視線が、確かに少年を捉えた。




