第四十五章 眠れる影
重たい空気をかき分けるように、少年は地下施設の奥へと足を進めていった。
足音は妙に響き、壁の配管からは低い振動音が伝わってくる。
高宮の研究は、ここで終わっていない――その予感が背中を冷や汗で濡らしていった。
鉄製の扉を押し開けると、そこは別世界だった。
無機質な廊下の先に広がっていたのは、青白い光に照らされた広間。
整然と並ぶガラスの培養槽、その中に浮かぶ「人の形」。
少年の呼吸が止まった。
まだ幼い、未成熟な肉体。
髪も生え揃わず、目を閉じたまま羊水のような液体に浸されている。
それは、少年自身と同じ「顔」をしていた。
一つではなかった。
二つ、三つ……十を超える数の槽が並んでいた。
すべてが同じ「少年」であり、成長段階が少しずつ異なっている。
赤子のようなものから、自分とほとんど変わらない年頃の姿まで。
震える手でガラスに触れる。冷たい。
だがその向こう側で、眠る影たちの胸は微かに上下していた。
生きている――。
喉の奥から声にならない呻きが漏れる。
「……俺は……一人じゃなかったのか……」
頭の中で高宮の声が甦る。
《人は必ず「影」を継ぐ》
《次の候補体を培養中》
これがその意味だった。
少年は唯一ではない。
彼の「存在証明」は、複製され、何度でもやり直せるように準備されていた。
足元が揺れるような感覚に襲われ、思わず壁に手をついた。
視線を戻すと、その中のひとつ――自分と同じ年頃のクローンの指が、かすかに動いた気がした。
錯覚か、それとも――。
鼓動が耳を突く。
このまま放っておけば、彼らは「次の俺」として目を覚ますのだろうか。
それとも、まだ眠り続けるだけなのか。
自分が「生き延びた」という意味は、何だったのか。
そして――これから何をすべきなのか。
少年は拳を握り、震える声で呟いた。
「……俺が……選ばなきゃいけないのか」
青白い光に照らされた顔は、怒りとも絶望ともつかない影を宿していた。




