第四十四章 遺された記録
血の匂いがまだ漂う地下室の中で、少年は高宮の亡骸を見下ろしていた。
その顔に宿っていた憎悪も狂気も、今はただの肉体の一部となっている。
だが――言葉は消えていなかった。心に焼き付けられた呪詛のように、残り続けていた。
「……俺は……俺になる……」
その残響から逃れるように、少年は部屋を見回した。
壁際に積まれたキャビネット、施錠されたスチールケース、埃をかぶった段ボール。
高宮がここで何を積み上げてきたのか――答えはまだ残されている。
片手で鉄片を床に置き、少年は慎重にキャビネットを開いた。
中から現れたのは膨大なファイル。見慣れぬコード番号が記され、分厚いバインダーに無数の報告書が差し込まれていた。
研究記録、DNAの解析データ、培養過程の写真――。
そのすべてが、自分が「生み出され、管理され、観察されてきた」ことを裏付けていた。
ページをめくるたび、冷たい戦慄が背筋を這い上がってくる。
自分の成長過程、体温や脈拍、感情の変化。
日々の言動が細かく記録され、グラフ化され、まるで「研究材料」そのものとして扱われていた。
――そして、あるフォルダに差し込まれた黒い封筒。
その中には「第二計画」と題された書類が収められていた。
《対象クローン01(試験体)は計画通り中学生期に到達。心理的刺激により過去の恨みを模した条件付けを強化中》
《失敗した場合、次の候補体を培養中》
《人は必ず「影」を継ぐ――これを証明する》
少年の目が凍り付いた。
「次の候補体」――つまり、自分以外にもクローンが存在する。
自分は唯一ではなく、高宮は「代替可能な部品」として複数の命を用意していた。
膝が震える。吐き気がこみ上げる。
自分は「復讐のための道具」に過ぎなかったのか。
高宮が語った「俺になる」という言葉――それはただの呪詛ではなく、計画そのものを指していた。
少年はファイルを握り締めた。
血に濡れた手が、資料の端を赤く染める。
そして気づく――まだ終わっていない。
高宮の死は、幕引きではなく「序章の終わり」に過ぎない。
研究の痕跡は残り、他のクローンが存在する可能性がある。
そして、自分の存在そのものが「次の影」への継承点になっている。
薄暗い地下室に、一人呟いた。
「……俺は……どうする……」
その問いは、答えのない迷宮の入り口に立つ言葉だった。




