第三十九章 囁く鉄
地下室の静寂を破るのは、少年が意図的に立てる微かな音だけだった。
鉄片を床に押しつけ、かすかに滑らせる。
「……キリ……キリ……」
その細い音は、風もないのに吹き込む冷気のように、高宮の鼓膜を刺し続けた。
高宮は机に両手をつき、荒い呼吸を繰り返す。
「やめろ……やめろ! それ以上、音を立てるな……!」
声は震え、言葉の端々からは自分でも制御できない恐怖が滲み出ていた。
少年は、力なく俯いたまま囁く。
「……これは、ただの音じゃない。先生の記憶を削る音です。
あなたの中に隠してきた“あの日”の惨めさを……少しずつ呼び覚ましている」
高宮の目が見開かれた。
「違う! 俺は克服した……俺は強くなった! 誰にも屈しない!」
叫びながらも、彼の視線は宙を泳ぎ、過去の影を追っているかのようだった。
少年はさらに追い打ちをかけるように鉄片を握り直し、今度は拘束具の金属をほんの僅かに擦った。
――カン。
その乾いた音に、高宮の全身が硬直する。
「……聞こえましたか? 先生」
少年の声は細く、しかし確実に胸を突いた。
「これは、僕が逃げ出す音じゃない。あなたが自分の中で壊れていく音です」
高宮は頭を抱え、膝を折って床に崩れ落ちる。
「違う……違う違う違う……俺は勝っている……俺が支配している……!」
だがその必死の言葉は、もはや自分自身への言い聞かせにしか聞こえなかった。
少年は半ば閉じた瞼の奥で、静かに観察を続けていた。
高宮の心が、鉄片の一音ごとに軋み、限界へと追い詰められていく。
――鉄片を振り下ろす必要さえ、ないのかもしれない。
――彼は自ら崩壊へと歩み始めている。
その確信が、少年の胸に冷たく芽生えつつあった。




