第三十八章 鉄片の影
少年は、椅子に縛られたまま深く俯いていた。
だが膝の下で隠された片手が、わずかに鉄片を握り直す。
その冷たい感触が、今にも心臓を突き刺す刃のように、彼の意識を研ぎ澄ませていく。
監視モニターに映る映像に、高宮の目が吸い寄せられていた。
額には汗が滲み、震える手でメモ帳に意味不明な走り書きを続けている。
「支配……制御……観察……壊す……」
その文字は乱れ、次第に彼自身を縛る呪文のように響いていた。
少年は、その様子を正面から見つめた。
「先生……あなたは、僕を壊そうとしている。でも、本当に壊れかけているのは――あなた自身じゃないですか?」
その言葉に、高宮の肩が跳ねた。
椅子から立ち上がり、ガラス越しに地下室の少年を睨みつける。
「黙れ! 俺は……俺は勝者なんだ! 俺はもう“あの時”の弱者じゃない!」
言葉とは裏腹に、彼の視線は泳ぎ、焦点を失っていた。
かつて教室で笑い声に囲まれたまま俯いていた記憶が、鮮やかに蘇り、幻覚のように現実に混ざり込んでくる。
その一瞬の隙を、少年は逃さなかった。
俯いたまま、膝の影に隠れた右手を微かに動かす。
鉄片が椅子の脚に触れ、かすかな「キン」という音を響かせた。
高宮の全身が硬直する。
「……今、何をした……?」
少年は目を細め、わざと弱った声を漏らす。
「……僕は……何もしていませんよ。先生の耳が……勝手に幻を聞いたんじゃないですか?」
その挑発に、高宮の呼吸が乱れた。
彼は監視室の机をひっくり返し、壁に頭を打ちつけるように寄りかかった。
「違う……違う……俺は聞いた……音を……」
少年は唇の端をわずかに上げ、再び鉄片を動かす。
今度は、床のコンクリートを擦るようにして。
「……キリ……」という音が静寂に溶け込み、部屋の空気を凍らせる。
高宮の喉が乾いた音を立てた。
「やめろ……やめろ……!」
少年は静かに告げる。
「先生……もう勝敗はついてるんです。あなたが“その音”に怯えている時点で」
高宮は頭を抱え、背中を壁に打ちつけながら崩れ落ちた。
錯乱と恐怖が入り混じり、声にならない叫びが喉から漏れる。
――決定的な瞬間は、もう目の前に迫っていた。




