第三十五章 揺らぐ檻
冷たい蛍光灯の光が、無機質な室内に張り詰めていた。
高宮は壁に背を押しつけたまま、汗で湿ったシャツを握りしめていた。胸の奥では動悸が暴れ馬のように暴走している。
少年は依然として俯いていた。呼吸は浅く、薬の影響で弱っているように見える。だが、その静けさこそが罠だと、高宮は薄々感じていた。
「……お前は、もう抵抗できん……わかっているだろう」
高宮は自分に言い聞かせるように声を出した。
しかし、返答はない。
――その時だった。
少年の右手が、ほんの僅かに、拘束具から浮いた。
指先が痙攣するように震えた。
金属の留め具が小さく「きしっ」と鳴る。
高宮の呼吸が止まった。目を見開き、足が床に縫いつけられたように動かない。
「……まさか……」
少年は頭を垂れたまま、まるで何事もなかったかのように動きを止めた。
しかし、その一瞬の“微かな自由”を、高宮は確かに見た。
「嘘だ……気のせいだ……薬が効いている……動けるはずがない……」
自分に言い聞かせる。だが、胸の内で膨れ上がる不安は消えなかった。
やがて、少年の口角がわずかに上がった。
――笑った。
高宮の背筋に冷たい刃が走る。
「……何を企んでいる……!?」
叫びは掠れ、声にならない。
答えは返ってこない。沈黙のまま、少年はゆっくりと首を傾けただけだった。
その動きが「まだ余裕がある」と告げているように見えた。
高宮は慌てて近づき、拘束具を確かめようとした。
金属はまだ閉じられている。外れてはいない。
だが、指先には力が戻っている。微かな抵抗の証だ。
「……お前……いつから……」
唇が乾き、言葉は震えた。
少年の視線が、初めて高宮を正面から射抜いた。
目は濁っていない。薬に支配されていない。
むしろ、透徹した冷たい光が宿っていた。
「先生……」
か細い声。
「……本当に檻の中にいるのは、どっちなんでしょうね」
高宮の心臓が爆ぜた。
声をあげようとした瞬間、少年の片手が再び動いた。今度は確かに、自由を得た手が椅子の下を探るように指先を伸ばす。
高宮は後ずさった。
――もはやどちらが捕らわれの身なのか。
境界は音を立てて崩れていく。




