表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影を継ぐもの  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/350

第三十四章 崩れゆく声



 部屋の時計は、針を刻む音すら忘れたかのように重苦しい沈黙を抱えていた。

 高宮は椅子に腰を下ろしたまま、額を押さえた。鼓動がうるさい。まるで自分の内側で小さな鐘が狂ったように鳴り続けている。


 少年は相変わらず微動だにしない。目を閉じ、首を垂れ、意識が薄れているかのように見える。

 しかし、その沈黙こそが高宮を蝕んでいた。


 「……違う。違うんだ……私は……」


 声が漏れた。自分でも止められない。

 「私はただ……ただ研究を……科学の……進歩のために……」


 語尾が震え、独り言が勝手に口を突いて出る。

 かつて大学の講堂で堂々と語っていた「倫理学的正当性」の言葉が、今は惨めな弁解にしか響かない。


 その瞬間、少年が小さく笑ったように見えた。

 高宮の胸がきしむ。


 「……お前は……笑ったな?」

 返事はない。沈黙が続く。


 だが高宮の脳裏に、中学時代の教室が鮮やかに蘇る。

 ――机を蹴られ、椅子ごと倒された日の記憶。

 ――黒板の前で、皆に笑われた声。

 ――床に散らばるノートを拾う自分を見下ろす、あの少年の冷たい目。


 「……やめろ……もう……」

 高宮は頭を振った。

 「お前はあいつじゃない……違う……ただの模倣だ……私が作った……」


 必死に言葉を繋げても、目の前の沈黙は崩れない。

 まるで返事をしないこと自体が、最大の攻撃だった。


 「私は……間違ってなど……」

 口が勝手に震え、言葉が途切れる。

 次の瞬間、笑い声が耳の奥で反響した気がした。実際に聞こえたのか、自分の記憶が作り出した幻なのか判別できない。


 高宮は椅子から立ち上がり、壁に背を押しつけた。

 「違う……違う……私は被害者だった……ずっと……」


 声がかすれ、呼吸が荒くなる。

 眼前の少年は、ただ静かに俯いているだけだ。

 だがその存在が、言葉より雄弁に告げていた。


 ――“過去から逃げられない”。


 高宮は額から滴る汗を拭おうともせず、薄暗い部屋の中で震えていた。

 彼自身が仕掛けた檻の中で、誰よりも追い詰められているのは、少年ではなく高宮だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ