第三十四章 崩れゆく声
部屋の時計は、針を刻む音すら忘れたかのように重苦しい沈黙を抱えていた。
高宮は椅子に腰を下ろしたまま、額を押さえた。鼓動がうるさい。まるで自分の内側で小さな鐘が狂ったように鳴り続けている。
少年は相変わらず微動だにしない。目を閉じ、首を垂れ、意識が薄れているかのように見える。
しかし、その沈黙こそが高宮を蝕んでいた。
「……違う。違うんだ……私は……」
声が漏れた。自分でも止められない。
「私はただ……ただ研究を……科学の……進歩のために……」
語尾が震え、独り言が勝手に口を突いて出る。
かつて大学の講堂で堂々と語っていた「倫理学的正当性」の言葉が、今は惨めな弁解にしか響かない。
その瞬間、少年が小さく笑ったように見えた。
高宮の胸がきしむ。
「……お前は……笑ったな?」
返事はない。沈黙が続く。
だが高宮の脳裏に、中学時代の教室が鮮やかに蘇る。
――机を蹴られ、椅子ごと倒された日の記憶。
――黒板の前で、皆に笑われた声。
――床に散らばるノートを拾う自分を見下ろす、あの少年の冷たい目。
「……やめろ……もう……」
高宮は頭を振った。
「お前はあいつじゃない……違う……ただの模倣だ……私が作った……」
必死に言葉を繋げても、目の前の沈黙は崩れない。
まるで返事をしないこと自体が、最大の攻撃だった。
「私は……間違ってなど……」
口が勝手に震え、言葉が途切れる。
次の瞬間、笑い声が耳の奥で反響した気がした。実際に聞こえたのか、自分の記憶が作り出した幻なのか判別できない。
高宮は椅子から立ち上がり、壁に背を押しつけた。
「違う……違う……私は被害者だった……ずっと……」
声がかすれ、呼吸が荒くなる。
眼前の少年は、ただ静かに俯いているだけだ。
だがその存在が、言葉より雄弁に告げていた。
――“過去から逃げられない”。
高宮は額から滴る汗を拭おうともせず、薄暗い部屋の中で震えていた。
彼自身が仕掛けた檻の中で、誰よりも追い詰められているのは、少年ではなく高宮だった。




