第三十三章 揺さぶられる檻
蛍光灯の微かな唸り音だけが、部屋に残っていた。
高宮は背筋を伸ばし、姿勢を正そうとする。しかしその努力は無意味だった。胸の奥に巣食ったざわめきは収まらない。
少年は顔を伏せ、弱ったふりを続ける。ときおり小さく咳をし、呼吸が乱れる。
だが次の瞬間、不意に目を上げると、鋭い視線を突きつけた。
「……先生。僕があなたを見てるって、気づいてる?」
高宮は肩を震わせた。
「何を……言っている」
少年は唇の端をわずかに歪める。
「ずっと僕を見張ってきたつもりなんだろうけど……ほんとは逆だよ。僕が、あなたを観察してた」
沈黙。
高宮は心拍が速まるのを抑えられなかった。
少年は続ける。
「今もそう。あなたは“過去を清算する”って言った。でも、清算するために作った僕が、今こうしてあなたの心を追い詰めてる。……滑稽だと思わない?」
高宮の喉が鳴った。言葉を返そうとするが、声が出ない。
少年の言葉が脳の奥にこびりつき、理屈では剥がせない。
「先生。僕がここにいること自体が……あなたの負けなんだよ」
高宮は立ち上がった。椅子の脚が床を引っかき、耳障りな音を立てる。
「違う……違う! 私は……お前を……」
だが最後まで言葉を繋げられない。
自分が“支配者”であるはずなのに、なぜか弁解している側に回ってしまっている。
少年は再び瞼を閉じ、弱ったように首を垂れる。
しかし低く呟いた。
「……怖いんだね、先生。昔の“彼”よりも、今の僕のほうが」
高宮の全身に冷や汗が噴き出した。
足元がわずかに揺らぐような感覚。
拘束された少年のはずが、まるで目に見えない鎖で自分が縛られているようだった。
彼は心の奥で、初めて明確に自覚する。
――自分が追い詰められている、と。




