第三十二章 言葉の刃
部屋に沈黙が落ちた。
高宮は椅子に腰を下ろし、眼鏡を外して額を押さえる。少年を見下す位置から、今はむしろ「監視されている」感覚に変わりつつあるのを自覚していた。
心拍が速い。冷や汗が背筋を伝う。薬を打ち込んだはずだ、拘束も二重に施した。――それなのに、なぜか支配しているという実感が薄れていく。
少年は俯いたまま、ゆっくり息を吐いた。
「……先生。ずっと考えてたんだ。どうして、あなたは僕を“同じ形”にしたんだろうって」
掠れた声に混じるのは弱さではなかった。含みをもつ冷たさだった。
高宮は唇を噛む。
「……それは……お前を罰するためだ。過去を、清算するためだ」
少年は笑った。声は小さいが、妙に鮮明に響いた。
「清算? 過去を? ……じゃあ、先生はずっと、僕にしがみついて生きてきたってことになるよね」
高宮のこめかみに血管が浮かぶ。
「黙れ!」
机を拳で叩く音が、密室に鋭く響いた。
少年はその音にも怯まず、むしろさらに囁くように続けた。
「……先生。僕は拘束されて、薬も打たれてる。でもね……あなたの心は、もう縛られてるんだよ。過去に、そして今、この部屋で僕に」
その瞬間、高宮の目が泳いだ。
論理的な言葉よりも、直感的な恐怖が胸を掴んで離さない。
「……違う……お前にそんな力は……!」
少年は再び項垂れ、弱ったふりを繰り返す。
だが拘束の影で自由を得た片手は、掌の中で木片を軽く転がしながら、静かに呼吸を整えていた。
“まだだ。今は焦らない。彼の心が完全に崩れる瞬間まで――”
部屋の温度は下がったかのように冷え込む。
だがその冷気を作り出しているのは、薬を投与された少年ではなく、焦燥と恐怖に追い込まれた高宮自身だった。




