第三十一章 牙を覗かせる
少年は項垂れたまま、意識が途切れかけているように見せていた。
しかし、その片手は拘束の下で密かに動き続ける。
床に散らばる金属片――取り外された古いボルトを指先で探り当てた。冷たさが皮膚に伝わる。
高宮は机の向こうに立ち、少年をじっと見下ろしていた。
薬の効き具合を確認しながら、自らの優位を確かめるかのように。
だが、その視線はどこか落ち着かない。
「……効いているはずだ。完全に、効いているはずだ」
そう口の中で繰り返すが、心の奥底では不安が膨らんでいた。
少年は唇を微かに動かした。
「……先生……そんなに確認ばかりして……怖いの?」
声は掠れ、途切れ途切れだが、確かに挑発の響きを含んでいた。
高宮は苛立ちを隠せず、一歩踏み出す。
「黙れ……! お前は、俺の手の中にいるんだ!」
その刹那――少年の片手がゆっくりと動いた。
木片の尖った先を掌で隠すように握り、拘束の影でわずかに角度を変える。
直接使うつもりはまだない。ただ「いつでも動ける」という事実を、自分の中で強く確認するための動作だった。
そして次の瞬間、彼は瞼を半分だけ開き、真っ直ぐ高宮を見据えた。
「……先生。あなたが僕を完全に縛ったつもりでいるその瞬間……一番危ないんだよ」
高宮の顔から血の気が引く。
声は震え、理性が少しずつ崩れていく。
「……何を……言って……」
少年は再び首を垂れ、弱ったふりを続ける。
だがその片手は拘束の影で確実に自由を得て、木片とボルトを掌に収めていた。
“牙”はついに現実のものとなり、いつでも飛び出せる位置にある。
それを知らぬのは、支配しているつもりの高宮ただ一人だった。




