表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影を継ぐもの  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/350

第二十九章 影の中の牙



 高宮は椅子から立ち上がり、近づいてきた。

 その足音が床に響くたび、少年の心臓は早鐘を打ったが、表情は崩さなかった。


 右手の中には小さな木片。足の下には金属片。

 それだけで、彼の精神はこれまでとまるで違っていた。

 ――いつでも、やれる。

 だが、いまは動く時ではない。


 「薬の量を増やしてやる。今度は誤魔化せんぞ」

 高宮の声には、勝者の余裕と苛立ちが混じっていた。

 注射器を準備する手は震えていない。しかし、その目にはわずかな焦りが滲んでいた。


 少年はゆっくりと顔を上げた。

 「先生、怖いの?」

 静かで乾いた声だった。


 高宮の手が一瞬止まる。

 「何だと?」

 「僕が、あの人に似てきてるから。……そうでしょ?」


 高宮の眉間に皺が寄った。

 少年はさらに言葉を重ねる。

 「あなたが恐れているのは、僕じゃない。あなたの過去だ」


 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 高宮の顔に血が上り、注射器を握る手に力がこもる。

 「黙れ! お前は人間じゃない。過去でも未来でもない、ただの実験体だ!」


 怒声が壁に反響する。

 少年は微動だにせず、その目を細めた。

 「じゃあ、なぜ震えてる?」


 高宮は思わず自分の手を見下ろす。

 注射器を握る指先は、確かに微かに震えていた。

 老いか、恐怖か――本人にも分からない。


 少年は心の中で小さく息を吐いた。

 ――まだだ。まだ動くな。


 木片は掌の中で汗に濡れ、金属片は椅子の下で重く沈黙している。

 それは牙を持つ影のように、いまはただ静かに潜んでいた。


 高宮は震える手を振り払うように、少年の腕に注射針を突き立てた。

 少年は表情を変えず、そのまま高宮を見つめていた。


 「……あなたは、自分の影に勝てない」

 その声は、薬液が体内に広がっていく中で、鋭い刃のように高宮の胸を刺した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ