第二十八章 微かな武器
部屋の中は静まり返っていた。
高宮は机に向かい、書類を整理しながら時折こちらを盗み見る。その視線を感じ取るたび、少年はわざとぐったりとした姿勢を保った。
しかし、その片手は確実に動いていた。
縛られているふりをしながら、解放した右手を椅子の肘掛けの裏に滑り込ませ、木材の端を探る。
指先にざらりとした感触が触れる。
――割れている。
何度も拘束され暴れた衝撃で、肘掛けの木部に細い裂け目ができていた。
爪を差し込み、わずかに押し広げると、小さな木片が折れて外れた。長さは五センチほど。尖った先端は、鈍器にはならないが皮膚を裂くには十分だった。
少年はその木片を手のひらに握り込み、再び腕を肘掛けに戻す。高宮からは、まだ縛られているように見えるはずだ。
だが、それだけでは心許ない。
次に目を向けたのは床だった。コンクリートに打ち付けられた固定用のボルト。その一本が、ほんのわずかに浮いている。
体を揺らし、足首を擦りつけてみる。金属音がかすかに響き、ボルトの頭がぐらりと動いた。
――使える。
高宮の目を盗み、足の指先で何度も押し込んでは引っかける。そのたびに金属は少しずつ緩んでいく。
数分後、ようやくボルトが床から半ば飛び出した。少年は足の甲でそれを掬い上げ、かかとと足首で押さえ込み、見えないように椅子の下に隠した。
手の中に木片、足元に金属片。
小さな違いだが、状況は大きく変わっていた。
「……」
少年は顔を上げ、無表情のまま高宮を見つめた。
高宮はその視線に気づき、不快そうに眉を寄せる。
「何を考えている?」
少年は何も答えず、ただ淡く笑った。
その笑みは、すでに“支配”の均衡が揺らいでいることを示していた。
高宮はその意味を理解できず、苛立ち混じりに資料を閉じた。
「……また実験だ。今度こそ徹底的に叩き込んでやる」
少年は目を伏せた。
――叩き込むのは、どちらだろうね。
手のひらの中で、木片の鋭い感触がじわりと汗に濡れていた。




