第二十七章 隠された自由
部屋の空気は重く淀んでいた。
高宮は机の上に散らばった研究資料を睨みながら、書き込みを続けていた。少年の心理的抵抗や薬剤の効き目を、日誌のように細かく記録する。
椅子に縛り付けられた少年は、項垂れたまま微動だにしない。
だがその指先は、わずかに動いていた。
高宮が焦燥に駆られて結んだ縄は、確かに強く締められている。
しかし、片方の手首にかかっている結び目だけが甘く、捻れた繊維の間に小さな隙ができていた。
少年は何時間も微細な動きでそこを探り続け、指の皮膚をすり減らしながら少しずつ縄を緩ませていった。
爪の下が赤く滲む。だが痛みは感じなかった。
――これ以上は一気にやるしかない。
息を殺し、体を小さく揺すった。
ごそり、と椅子の下で音が鳴った。高宮が顔を上げる。
「……何だ?」
少年はすかさず首を垂れ、薬の影響で痙攣したふりをした。
高宮はじっと数秒観察し、やがて視線を資料に戻した。
その瞬間、少年は力を込めて手首を捻り、縄を一気にすり抜けた。
片手が解放される。血が滲んだ皮膚に冷たい空気が触れ、痺れるような感覚が走る。
――できた。
だが、すぐに完全に解放することはしなかった。
椅子の肘掛けに手を戻し、縛られているふりを続ける。
今、逃げれば即座に捕まる。監視カメラもある。
必要なのは「確実に勝てる瞬間」だ。
少年はあえて動かず、自由を隠し持ったまま、高宮に視線を向けた。
「……ねえ、先生」
高宮が苛立ったように振り返る。
「何だ」
少年は口元に薄い笑みを浮かべた。
「本当に僕を支配できてるって……思ってるの?」
高宮の眉が跳ね上がり、机を叩く音が部屋に響いた。
「黙れ!」
その怒声に怯えるように身をすくめながら、少年は片手を解いた事実を胸に秘めたまま、心の中で静かに呟いた。
もう、勝負は始まっている……




